スナック菓子とマスカット


スフィンクスに中指を立てた罰が当たったのか、最悪のタクシーに乗る羽目になった。
運転手のトラヴィスがフランス人でなかった事だけが、唯一の救いだろう。
砂漠の中でストライキを起こされたら、と考えて身震いをした。
途中、地元警察のパトカーに追い回されたり、マシンガンを持った男を轢き飛ばしたり(何が起きているのか分からなかったが、世の中には知らない方がいい事もあると知っているので、敢えて何も聞かなかった。何かの事件に巻き込まれていた事だけは確かだが、それを確認する術を誰も持ち合わせていなかったし、知らぬが仏、薮蛇という言葉もあるくらいだ。エジプトに来て一つ学んだのはスルースキルが重要という事だ)、出店の果物屋のテントを弾き飛ばしたり(窓を開けていたせいで、マスカットやらマンゴーが顔に当たって痛かった)、ドライバーのトラヴィスがハンドルを付け替えたかと思うと、タクシーは改造車らしくマフラーの形状が変わったのか火を吹き始め、アクセルを踏み込み更にスピードを上げた。
確かに、これではオエーってなる人も居るだろう。
窓から見える街並みや風景を楽しむ余裕など一瞬もない。
鳴り響くクラクションと、対向車線で吹き飛ぶ一般車。
その光景を横目に彼女は『ワイルド・スピード』とかで見た事あるやつだ〜と呑気に呟いていた。
因みに、助手席に乗ったジョニーは窓から顔を出し「最高だぜ!」と叫んでいた。
エジプトでは、これが日常なのだろうか。
『トランスポーター』とかで見た事あるやつだ〜。
と思ったが、彼女のように呑気な声を出す事は出来なかった。
必死にアシストグリップを握りしめた。
何処かに捕まっていないと、前の座席に突っ込みそうだった。
道路は既にコンクリートから砂利へ、砂利から砂へと変化していた。
周りの風景も変わり、オフィスビルや高速道路は既に見えなくなっていた。
その頃にはスピードも落ち着いた。
水を一口飲み息を整え、改めて外を眺める。
砂の黄土色と、雲一つない空の青。
この二色だけが延々と広がっている。
地平線は遥か彼方にあり、太陽は未だ燦々としている。
人も車も建物もない。
ただ、シンプルに美しい。
世界には、こんなにも美しい風景があったとは。
自然の前で、人はちっぽけな存在だ。
都会に居ると、こういう事から忘れていく。
四人の人間が小さな箱の中に詰められ、砂漠の中を移動している。
衛生だとか、ロケットだとか、そういうのから見た私たちは、余りに呆気ないのだろう。
「綺麗だね。現像するのが楽しみだ」
彼女はライカで何枚か写真を撮っていた。
自分で現像するのが趣味らしく、ライカの他にも何台かフィルムカメラを持参していた。
各々がやっと落ち着いたところで、漸くジョニーが任務の説明を始めた。
「今回、お二人さんが行くのは砂漠のど真ん中。砂に埋もれた古代遺跡だ。どっかの石油王が遺跡のコレクションを増やしたいだとかで、見つけたらしい。その辺の詳しい事はオレもよく知らない!ただ、ミイラだか棺だかが見つかったらしくって、それを掘り返してる最中に現場の人間が何人も消えたらしいんだ。で、み〜んな怖がって作業を止めたんだってさ!どっかの石油王も呪いとかだったらヤダって言って、神父にお祓い頼んだらしいんだけど、その神父も消えちゃったってさ。何かワクワクして来ない?とにかく、そのミイラか棺を回収して欲しいんだって。報酬もかなり出してくれるみたいだし、ジャパンのエクソシストなら仕事も丁寧だろ?まぁ、とにかくガンバ!」
その親指、へし折ってやろうか。
語尾に星が見える辺りが腹立たしい。
それに、私たちはジャパンのエクソシストではなくジャパンの呪術師だ。
悪魔祓いではなく、呪霊祓いだ。
その辺は国柄が関係しているのだろう。
日本は邪神だろうが旧神だろうが土地神だろうが、全て引っ括めて呪霊と呼ぶ節があるからな。
任務の詳細(……詳細と言える程の情報かどうかは置いておく)を知れたのは、一つの収穫としていいだろう。
「にしても、石油王って何考えてるのか分かんないね。遺跡のコレクションって何?博物館でも建てるの?」
スナック菓子の袋と格闘しながら、彼女が言った。
彼女から袋をひったくり開けてやった。
一つ摘む。
「意外と美味いな」
そんな顔で睨んでも怖くない。
「可愛い顔」
「馬鹿にするな〜何処からでも開けれるっていうのは、何処からも開けられないんだよ。こういうのはウソなんだよ」
それにしても、この任務の原因を石油王が作ったおかげで私はエジプトで酷い目に合ってる訳だ。
いくら報酬が大きいからといって、私の苦労がなくなる訳では無い。
高級ホテルで一泊するだとか、ラクダに乗って散歩するだとか、何かなければ文句を言ってやろう。
「ミイラのミイちゃんだっけ、棺のひーちゃんだっけ、それ回収して高専に送れば任務完了、になるのかな?もっと言えば、行方不明の作業員と神父も、見つけれたらいいけどね」
マスカットを一粒、口に放り込んだ。
やっと、任務らしくなってきた。
ミイラのミイちゃん?
棺のひーちゃん?
私は突っ込まないからな。



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