竜巻と記念写真


ミイラのミイちゃんだか、棺のひーちゃんだかを回収する為だけに、わざわざエジプトの砂漠を爆走するタクシーに乗っている。
単純にツイてない。
行方不明の作業員と神父もそうだろう。
ツイてなさすぎる。
どこぞの石油王は責任を負うべきだ。
唯一、褒められる点があるとするならば、それは景色だろう。
砂漠の茶色と、空の青だけが広がる世界は、今までのどんな物より美しい。
ただ、そんな美しい景色も一瞬で消え去る。

お前たち人間には信じられない光景を俺は見てきた。
オリオン座の肩の近くで炎を上げる戦闘艦…
暗黒に沈むタンホイザーゲートのそばで瞬くCビーム…
そんな記憶もみな、時とともに消えてしまう。
雨の中の涙のように…
俺も死ぬときがきた。

今までのツイてない事以上に、最悪な出来事が目視で500メートル先にある事に関して、私は『ブレードランナー』の名台詞を思い浮かべる事くらいしか出来ないのだ。
巨大な竜巻が砂を巻き込んで、茶色く濁っている。
何故?
どうして?
どのように?
やっぱりタクシーを降りるべき?
いや、降りたらアレに巻き込まれて死ぬ。
死ぬにはちょっと早すぎるだろう。
ホントにどうしよう。
何でこんな事が、私の居る場所を狙ったかのようにピンポイントで次々と舞い込んでくるのだろう。
しかも、その竜巻は一つではなかった。
二つ、三つが隣合って、ぶつかり合っている。
それが一つになって巨大になり、こちらに迫っている。
「ふざけるのも、大概にしてくれ!!」
今まで、溜まりに溜まった怒りが爆発してしまった。
彼女は窓から体を乗り出して写真を撮っている。
ジョニーはラリったように何かを叫んでいるし、トラヴィスはスピード狂の魂にスイッチが入ったのか、ハンドルを握り直した。
私は彼女の体を引っ張り込んで、窓を閉めた。
「どうする!?」
「突っ込めベイベー!」
「アンタは黙ってろ!」
「行くしかない。男は前だけ向いてればいいのさ」
何カッコつけた事を言ってるんだ、このドライバーは。
アホなのか?
アホだったな、忘れてたよ。
彼女は良い写真が取れて満足したのか、カメラを撫でていた。
まともな思考を持った人間は私しか居なかった。
だが、唯一まともな人間はハンドルを握っていないのだ。
もう、お分かりだろう。
突っ込んだのだ、竜巻に。
砂が車体に当たってバチバチと音を立てている。
視界は薄暗く、一面が茶色。
前に進んでいるのか、横に流されているのかも分からないが、動いているのは確かだ。
竜巻を抜けるのに、どれくらいの時間が必要なのかは誰にも分からなかった。
バチンと音がして電源が切れた家電のように、一瞬の静寂が辺りを包んだ。
竜巻を無事(…なのかどうか分からないが)抜けきったのだ。
日本を出てから今までの事が走馬灯のように駆け巡った。
そして、思い出したのだ。
悟のTポイントカードの事を。
盗まれた事は仕方がない。
だから、諦めてもらうしかないな。
そんな事を考えていた私も、かなりアホなのだろう。
嫌なことに。
コイツらと同類なのだろう。
誠に遺憾ながら。
「……生きてるか?」
ドライバーのトラヴィスが恐る恐る聞いてきた。
「ここは、地獄…?」
ジョニーが小さく呟いた。
私はそれにこう返した。
「多分、まだ生きてる」
彼女は目をキラキラさせながら「マッドマックスみたいだった!V8を讃えたよ!」と言った。
こんな時まで映画の話か、このバカは。
とりあえず全員、生きているらしかった。
外を確認しようとドアを開けた瞬間、足元の方から大量の砂が入り込んだので、すぐさまドアを閉めた。
「埋まってる」
車が、砂に、埋まってる。
つまり、動けないって事だ。
私の言葉で、車内の気温が2、3度下がった。
気の所為ではない。
確認のために、もう一度言った。
「埋まってるんだが」
「……そうだろうな。なんせ竜巻に突っ込んだんだから」
はぁ……
誰かのため息が聞こえた。
掘り起こすしかないだろう。
いい歳した4人が窓から外に出て(傍から見れば、かなり間抜けに見えただろう)、車を確認した。
「本当に埋まってる……」
彼女が呆然と言う。
私たちは砂に埋もれた車を前に呆然と立つ。
「記念写真、いっとく?」
彼女がカメラを片手に言った。
掘り起こす作業の面倒を考えて、急に体が動かなくなった私たちは、微妙な顔で写真を撮った。
何の記念になるんだ、これは。



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