夕日
ひたすら砂を掘り進める地味な作業は、精神的なダメージが大きい。照りつける太陽がじわじわと体力を奪っていく。右側の前輪と後輪にトラヴィスとジョニーが、左側の前輪と後輪に私と彼女のペアで、ひたすら同じ作業を繰り返していた。立ち上がって少し休憩し、また座り込んで砂を掬ってはその辺に投げる。単調な動きは中々終わりを見せず嫌になる。トラヴィスは、愛車の酷い姿を見て泣きながらタイヤにしがみついている。
「あぁ、俺のベッツィーが……こんな事になるなんて!」
お前が竜巻に突っ込まなきゃ、ベッツィーだってこんな姿にはならなかったんだよ。というか、この車にベッツィーって名前付けてたのか。愛車とポルノ映画でも見てるのだろうか、この男は。暑さにやられて、気色悪い事を想像してしまった。ジョニーはクスリの切れたヤク中みたいに延々と一人で話していた。
「オレ、なんでこんな事やってんだろう。本当だったらセクシーで魅力的なアジアンビューティーと今頃ヨロシクしてた筈なのに。一人はビューティーでも、もう一人はぜんぜんビューティーじゃないし、しかも野郎とか……マジありえないんですけど」
うるせぇな。私だってお前みたいなのは願い下げだし、マジありえないんですけど。いつか殴ってやろう。これは決定事項だ。
三人がそれぞれタイヤの前に座り込んで、泣いたり喚いたり虚無になったりと、中々にカオスな現状を作り上げていた。そんな中、彼女は何を思ったのか、窓から車の中に入り何かを探しているようだった。次は何をやらかす気なんだ。
「きゅーけーしよう。もう疲れた」
売人から買った例のほうれん草だった。
「誰かを買収するのに使おうと思ってたけど、しょうがないよね」
そんな事の為に買ったのか……トラヴィスが彼女にライターを投げて渡した。彼女が葉に火をつけ、肺に煙を満たすのを横目に、どうして誰も止めないんだろうと思った。だが、こんな現状をシラフで乗り切れない事も何となく分かっていた。ラリってなきゃ、やってらんねーよクソが。という事だ。
彼女は細い筒状のソレをジョニーに渡し、ジョニーはトラヴィスに、そうして私に回ってきた。普段から煙草を吸っている硝子と違い、こういったものに手を出した事がなかったので、少し躊躇う。見よう見まねでソレを指で挟み、少し息を吸う。途端に喉に何かが詰まったような感じがして、勢いよく咳き込んだ。何だこれ。よく、こんなのを平気な顔で吸えるな。
「もしかしてハジメテか?」
トラヴィスが聞くので、返事変わりに何度か頷いた。
「ゆっくり吸い込んで、ゆっくり吐くんだよ」
「コツさえ掴めりゃ楽しめるさ」
「ここまで質が良いのは久しぶりだ」
馬鹿な大人が二人、笑いながらそう言った。彼女は私の指から抜き取って、またゆっくり吸い込んだ。その横顔はいつも見ている間抜け面と違って、知らない人のように見えた。酸欠で少し朦朧とする意識に、この独特な匂いは、確かに悪くないと思う。一本のソレを四人で回し飲み、ならぬ回し吸いをする。
「砂漠で大麻吸ってる……悟たちが聞いたら笑うだろうな」
「日本じゃ出来ない経験だよね」
四人の馬鹿が、車を背もたれに座り込んでヤクをキメている。周りは誰も居ない。何も無い。だから、細かい事を気にしなくてもいい。ここには馬鹿しかいないのだから。人間関係について、アレコレと悩む必要もない。やりたい事をやりたいように、好きな事を好きなように。それだけでいいらしい。誰に文句を言われても、それを一々気にする暇もないくらい、人生とかいうのを謳歌してる馬鹿どもを見ていると、そんな投げやりな事を思ってしまう。それでも、それが悪くないんじゃないかと思えるくらいには、毒されているのだ。仕方ない。感染力が高すぎたんだ。私は何も悪くない、筈だ。多分。太陽は少しずつ西へ傾いている。
「日が落ちるまでに、コイツを掘り起こさなきゃな」
「夜になると気温も下がるしな」
男二人はそう言って、また砂を掘り始めた。私はまだ立ち上がれそうになかった。砂の水平線は、海と違って緩やかなカーブを描いている。今まで、ただ暑いだけで憎らしかった太陽は、夕日となり砂の向こうへ消えようとしている。インターネットで『砂漠 夕日』と検索すれば、この景色と似たような画像がいくらでも見れるだろう。だが、そのスケールまでは感じる事が出来ない。隣の彼女は目を細めて、じっと夕日を見ていた。目線が合わない事が、こんなにも寂しい事だとは知らなかった。だから。それで。何となく。
「……なんでキスしたの?」
なんでって。
「夕日が綺麗だったから」
寂しいなんて、言える訳がなかったし。それに、したかったら、しただけ。ほんとに、それだけ。そう言えば、太陽が眩しくて人を殺した男が居たらしい。いつか読んだ本に書いてあった。内容はほとんど覚えていないけれど。それに比べれば、私なんて可愛いものだろう。
「何それ、最高」
そう言って笑う彼女が可愛かったので、もう一度。
「キスするのに、理由って必要だと思うかい?」
ハイになった頭は、まともな思考回路を放棄した。
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