偶像崇拝


伏黒と咲菊が東京都立呪術高等専門学校に入学して早一ヶ月、同級生は未だ入学せず、二人はそれぞれ言い渡された任務に勤しんでいた。
伏黒は早くも二級呪術師に昇進、咲菊も家入の下で反転術式やら解剖学やらの知識を詰め込む作業で忙しくしていた。

ゴールデンウィークを迎える直前のことだった。
伏黒と五条が任務先で見たのは、一つの死体だった。
それも、ただの死体ではない。
綺麗に飾られた、まるで人形のような死体。
死体の周りには花が散りばめられ、床にはレッドカーペットが彼女の為だけに存在した。
薄く蝋のようなもので塗り固められたその死体は、意図的に寝かせられたと言っていいだろう。
髪はウィッグを被せているのか、死体をさらに人工的に見せていた。
十中八九、呪詛師の仕業だ。
呪霊がこのような形で人間を残すとは考えられない。
残穢がべったりと死体にまとわりついていることから見ても、死体となってしまった彼女への執着心を推し量ることができる。
ストーカーの類か、はたまた、偶像崇拝か。
何にせよ、呪詛師の精神が普通でないことは確かだった。

「これは持論だけどさ、愛ほど歪んだ呪いはないんだよ。恵、大丈夫?」
「……大丈夫に見えるんですか?」
「いや、全く」

ただの死体なら伏黒も、ここまで気分を悪くすることはなかった。
今までの任務で散々、凄惨な現場を数多く見てきた。
伏黒が吐き気を催したのには理由がある。
それは、彼女、つまり被害者が、咲菊によく似ていたという点だ。
咲菊の好むような服装、メイク、靴を纏い、まるで聖女のように手を組み横たわっている。
その周りには、木枠でできたフレームがいくつか並べられていた。
どれも咲菊を隠し撮りしたものだった。
この任務は、五条によってすぐさま箝口令が敷かれた。
知っているのは五条、伏黒、伊地知、家入、学長の夜蛾、そして咲菊の六人。
伊地知は高専の息がかかった葬儀屋に電話をし、霊柩車を手配した。
被害者を乗せた車は、まっすぐ高専へ向かった。

「やあ、恵。顔色が悪い……っと、愛のこもったなハグをどうも」
「……咲菊」
「ああ、さっき食べたカスクートが口から出てきそうだ。もう少し力を弱めてくれると助かるんだけど」
「生きてる」
「もちろん。さあ、離して」

咲菊は無慈悲にも伏黒をべりっと引き剥がし、解剖台に横たわっている彼女を眺めた。
伏黒は咲菊の脈拍を測るように、手首を握りしめているが、咲菊は気にも止めないまま話し始めた。

「どうやら私には熱烈なファンが居るらしいよ。貴方と同じ、有名人になったというわけさ。せっかくのプレゼントだ。腐る前に楽しもうじゃないか。まあ、防腐処理がされてるから、腐るまで、まだまだ時間があるけどね。つまり、制限時間はかなり残っている、ということだよ。犯人はこの遺体を私が見ると分かっていて、敢えて、私の隠し撮り写真を並べたんだろうから」

自分に似せられた死体を前に、プレゼントだの腐るだのと言ってのける咲菊は、やはり、どこまでも咲菊で、そのまくし立てるような話し方には、一切のブレがない。
五条は、口角が上がるのを隠しもせずに喉の奥でくつくつ笑った。

「ちょーっと心配してたんだけど、大丈夫そうだね。咲菊って、マジでイカれてんね」
「お褒めの言葉をどうも。依頼を受けなくなってから、退屈ばかりで頭が腐るかと思ってたんだ。ようやく、私が満足できそうな事件がやってきた。ああ、不謹慎?そうだろうね。でも、そんなこと言ってられるか。ゲーム、イズ、オンだ」

探偵擬きと犯人のゲームが始まったのだ。

死体となってしまった彼女、被害者Aが高専のモルグに間借りし始めてから一週間。
被害者の身元は未だ分からないまま、死体がまた一つ増えた。
被害者Bである。
Bもまた、Aと同じようにディスプレイされた状態で見つかった。
これも、咲菊によく似ていた。
もちろん、彼女の隠し撮り写真も飾ってあった。
咲菊の師である家入も、さすがに咲菊を心配したが、咲菊は寧ろ停滞気味だった事件の動きに目を輝かせた。

「AとBには違いがある」
「君によく似ていること、残穢が張り付いていること、防腐処理がされていること……共通点の方が多いが」
「いや、死体をよく見れば分かる。殺しの技術が上がってるんだ。AよりBの方がメスの切り口が鋭い。練習してるのさ。彼女たちは、私を完璧に殺すための練習台になってしまったんだよ」

言われてみれば、そうだ。
犯人は、殺しをする度に成長している。
家入はAの体を観察し、犯人は医療関係者ではないと断定した。
何をどうすれば上手くいくのか、素人知識ながら、Bには確かにその成長を垣間見ることができる。

両者ともに、皮膚は蝋と絹でコーティングされ、抜き取った内臓の代わりには綿が詰め込まれている。
膣に太いチューブが通されており、その先の詰め物に精子が付着しているのが分かった。
犯人は男だ。
残穢があることから見て、呪詛師で間違いないだろう。
しかし、それ以外は全くといっていいほど手がかりはない。
被せられたウィッグは市販の物で、ネットで簡単に購入できる。
ここから犯人を絞り込むのは難しかった。
骨を補強する為に太い針金らしきものが使用されていたが、これもホームセンターで買える一般的なものだ。
眼球をくり抜こうとしたのか目の周りに傷があった。
咲菊はそこが妙に思えた。

「犯人は、私に何を伝えたいんだ?常々、生きている人間より死んだ人間の方が有益な話をしてくれるのを私は知っているよ。貴方たちは、なかなか私に話しかけてくれないけどね。教えてくれよ。貴方たちは最後、何を見たんだ?死んだ後も辱められ、どう思った?復讐したいと思ったかい?犯人はこだわりの強いタイプだ。ディスプレイには、ある種の愛を確かに感じたよ。一つだけでいい。教えてくれ。なぜ、犯人は目玉をくり抜こうとした?それが、ずっと引っかかって仕方がない。貴方たちと同じような殺された方を、私は以前どこかで見たような気がするんだが、それが思い出せないんだ」

咲菊はAとBに話しかける。
うっそりとした表情はどこか欲情しているようにも見える。
恍惚な笑み、優しい手つき。
家入は静かに息を飲んだ。
まるで眠り姫に目覚めのキスをする王子のような、おとぎ話のワンシーンだ。
だが、そのおとぎ話もたった今、一人の男によって壊された。
咲菊に王子の役は似合わない。
彼女は、いつだって探偵の役を選ぶ。

「咲菊。入れ込むな。俺を見ろ」

任務から戻ってきたばかりなのだろう、伏黒は少し息が乱れていた。
咲菊の顔を両手で挟み、無理やり目を合わせる。

「……ああ、恵。任務はどうだった?」
「普通だ。これに比べたらな」
「それは良かった。さすがの私も三人目が出るとね。うん、普通に気色悪い。彼女たちには申し訳ないと心の底から思っているけど。ダメだな、何を言っても悪口になる。気が滅入るよ。私はこの遺体安置所をパリコレにするつもりはないんだ。本当だ、信じてくれ」
「ああ、信じる。分かってる。オマエは何も悪くない」
「なんというか、私の方が先に腐りそうだよ。笑えないジョークだな。どこかで見たんだ、この殺し方。少し、調べてみるよ」
「無理するな」
「貴方もね」

咲菊の言う調べてみる、という言葉は、しばらくの間、一人にしてくれ、という合図だ。
この一連の殺人事件で精神的にやられているのは咲菊ではなく、伏黒の方だった。
咲菊もそれを分かっているのか、まるで小間使いのように伏黒に自分の世話をさせた。
あれを買ってこい、これを持ってこい、それを元に戻せ、お茶を入れろ、パンはどこにある、この前買ったビスケットがもうないぞ……
とにかく、暇さえあれば伏黒を呼び出していた。
さすがに、ボールペンを持ってこいと言われたときは笑ってしまったが。
白衣のポケットに挟まっているのを咲菊も伏黒も分かっていた。
インクが切れたと誤魔化していたが、それは嘘だと知っている。
とにかく、やることがある方が気が紛れるのだ。

お互いに、いい相棒を持ったなと家入は思う。
二人が居なくなったあとの、静まったこの部屋で、家入は影になっている場所に声をかけた。
五条が隠れるように立っていた。

「いい関係だな、あの二人」
「探偵と助手?」
「ああ。恋人ではないだろ」
「でも、愛し合う者同士だ。互いを守り、尊重できる。さすが、僕の可愛い生徒たちだ」
「……お前、関係ねーだろ」
「そんなことねーよ。咲菊は僕の妹だよ?娘でもいいけど」
「パパ活の噂はマジだったか。痛々しいから辞めろ」
「痛々しいってなんだよ」
「制服プレイの噂だって聞いたことあるんだぞ」
「制服プレ……ああ、去年だったかな。買ったよ。必要経費でね。女子校の制服、すげー似合ってた。写真、見る?……プレイじゃなくてプレゼントだって。マジで。ドン引きしてんじゃねーよ」
「性犯罪だけはやめてくれ。そんなことになったら、私はお前のナニを切り取ってやる。それも、麻酔なしで、だ。分かったな?」
「そこまで言う?そんなに信用ないとは、もう泣きそうなんだけど。これはもう咲菊に慰めてもらうしかないな」

家入は呆れて言葉も出なかった。
まさか五条がここまで咲菊に入れ込むとは思っていなかったからだ。
確かに、咲菊は才能の塊だと言っていいだろう。
緻密な呪力コントロールからなる反転術式、人体の構造と機能への理解度、どれもプロと言って差し支えないレベルだ。
おまけに彼女の推理力、観察力は目を見張るものがある。
誰も考えないような視点を持つ稀有な人材は、上の連中に使い潰されるには勿体ない。
まあ、咲菊が他人にいいようにされるとは誰も思っていないが。

「このマネキンたちを前にした咲菊は、どうしようもなく魅力的に映るよ」
「だから、危ういんだろ。私は弟子を純粋に心配してるんだ」
「恵がいるから大丈夫だろ」
「その恵も今は不安定だ」
「そりゃそうでしょ。大好きな人間がストーカーにヤバいことされてんだから。死体とセックスだぜ?考えらんねーよ」

咲菊のファン、ストーカー、呪詛師の男。
彼は咲菊を信仰の対象としている節があった。
でなければ、あんなプレゼントを作ったりはしないだろう。
二人が雑談している時、顔を真っ青にした伊地知がストレッチャーを押しながら安置所に入ってきた。

「……三人目です。詳細はこちらに」

家入は早速、遺体を解剖台へ移動させた。
今回もまた防腐処理がなされている。
きっと中身も空だろう。
五条は渡されたタブレットを見て顔を顰めた。
AとBと同じようにディスプレイされている写真を何枚もスライドさせていく。

「……今回はウィッグじゃないぞ。それに、眼球の周りに傷がない。と言うか、綺麗に抜き取られた上で義眼がはめ込まれている。今までの二件より殺し方に手が込んでるな。メスの切り口も鮮やかだ」
「……嫌な成長だね」
「全くだ。咲菊を呼ぼう」

自室で一人、ひたすらコピーを取りまくっていた咲菊はスマホの通知を見て慌てた。
資料をかき集めて、安置所へ向かった。

「三人目は?」
「ここに」

しばらくの間、咲菊はじっと三人目の被害者、Cを観察していた。
沈黙が辺りを包み、部屋の温度が下がったような気配がした。

「……素晴らしいね。今までと同じような出来次第なら落胆していたけど、今回のはきちんと処理しきれている。完成品と呼んでもいい。腹立たしいことには変わらないけどね。うん、それでもよくやった方だよ。出来の悪い剥製には違いないんだけど。もし私が犯人だったなら、一体目からこのレベルのものを作り上げたに違いない。それでも、よく飽きずに完成させたね。その点に於いてだけは褒めてもいいと思うよ。髪の一本一本を抜いて、また縫い合わせるなんて面倒、普通ならしなかっただろうから。AとBを殺害したことによって腕を上げたのか、今回は目の周辺に傷を付けることなく、目玉をくり抜いている。中を開けば分かるだろうが、今回はワイヤーではなくピアノ線を用いているはずだよ。なぜなら、これは、完成品だからだ」

咲菊が饒舌になるときは、必ずことが動く。
それを分かっている三人は、咲菊の見立て、推理ショーの邪魔にならないよう黙っていた。

「遺体の設置場所は?」

五条が咲菊にタブレットを渡した。
彼女の脳は今、凄まじい速さで情報をインプットしている。
咲菊はここに来る時に持ってきた資料の一つ、地図を広げた。
被害者A、B、C、それぞれの設置場所をマーカーで囲んでいく。
すると、地図上に三角形ができあがった。
その中心にあるのは、美術館だった。

「被害者三人のこの独特な殺し方は、カール・フォン・コーゼルを模倣したものだったんだよ。だから、既視感があったんだ。AとBにあった眼球の周りの傷口にも納得がいく。コーゼルは、死後一年以上経った愛しのエレナの霊廟を暴いて棺から彼女の遺体を盗み、それを加工しているんだ。当たり前の話だけど、死後一年を経った体はとても脆いんだ。だから簡単に目をくり抜くことができた。A、B、C、どれも新鮮な体だったから最初の二件は失敗してしまった。犯人は拘りが強いタイプだ。人間以外でも相当、練習したはずだよ。だからこそ、三人目が完成されたんだ。私は犯人にとっての愛しのエレナと言うわけだよ。彼は私を愛している。愛に狂った連続殺人犯が、この国に居るなんて、本当に珍しいよ」

咲菊は五条、家入、伊地知にカール・フォン・コーゼルについての資料を渡していく。
一度見たら忘れられないような、変わり果てた姿のエレナや、エレナのデスマスクに見とれるコーゼルの写真など。

「被害者たちがエレナみたいな殺し方されたのは分かったけど、この美術館は?」
「犯人と落ち合う場所だよ。今、この美術館ではファム・ファタールを取り扱った展覧会がやってる。犯人は必ずここに来る。ここまで熱烈なラブレターをもらったのは初めてだよ。犯人が私のどこに運命を感じたのかはどうでもいいし、興味もない。ただ、私は犯人に一言、伝えたいことがあるんだ。だから、行くしかないんだよ。私をエサに犯人を釣ろう。相手は呪詛師だ。遠慮は要らないよ。でも、殺しちゃダメだ。殺すのは情報を引き出してから」

それからは早かった。
咲菊はある程度の人員をピックアップし、美術館の周りや内部に配置させた。
五条や伏黒はバンの中で待機させた。
犯人に顔が割れている可能性が高かったからだ。
本人たちは最後まで渋っていたが、仕方がないことだ。
周囲に一般人がいる状況下で、犯人を無駄に刺激したくはなかったのだ。

咲菊は一枚の絵の前で、設置されたソファに座った。
ギュスターヴ・モローの『出現』だ。

オリエント風の衣裳をまとった舞姫が指さす先には、血がしたたる生首が宙に浮いている。
生首からは後光が、眩しいばかりに放たれている。
この絵は突然、出現した聖なる生首によって、その場が一瞬にして凍りついた情景が描かれているのだ。
この絵の主題は、新約聖書の話からとられており、ユダヤの王ヘロデ・アンティバスは、自らの誕生日の祝宴で、姪でありかつ継子のサロメが舞う踊りが素晴らしかったので、その褒美として、サロメの望むものを求めた。
サロメは実母の王妃ヘロディアから、獄中の洗礼者ヨハネの首をといわれ、王にそのように願い出た。
王は願いを聞き入れて、ヨハネの首を銀の盆に載せてサロメに持ってこさせたのだ。
この主題は、ルネサンス以前から多くの画家によって描かれている。
その多くは、ヨハネの首がのった盆を持つサロメを描いたものだ。
これは、新約聖書にも確かに記述されているが、それに対しモローは、サロメが踊りを舞っているときに、ヨハネの首の幻影が、突然現れるさまを描いている。
このことは、サロメの意識にだけ起こっており、背景の王や王妃、そして楽器の演奏者や衛兵などは、気がついていない。
サロメの衣裳や、建物の壁に描かれた文様は、古代インドの衣裳や文様を想わせる。
とくにサロメが身に纏った衣裳は、精緻を極め、幾百の光り輝く宝石によって飾られている。
暗闇から浮かび上がるサロメと光りを放つ生首。
この神秘的な画像は、当時の多くの文学者や芸術家を刺激し、19世紀末の芸術を大いに花開かせることになった。
有名なのを上げるなら、1893年にオスカー・ワイルドが戯曲『サロメ』をフランス語で発表した。
翌年の英語版にはオーブリー・ビアズリーの挿絵が添えられ、1896年にパリで初演された。
これらは、世紀末芸術に一定の方向、すなわち神秘的、幻想的、退廃的、異国趣味的な傾向を決定づけることになったといわれている。
そしてその先行する原型イメージとして、モローの『出現』が挙げられる。

閉館まで一時間を切ったからか、人は既に疎らになっていた。
咲菊の隣に男が腰掛けた。
この男こそ、一連の殺人事件の犯人だ。
咲菊は周囲に目をやる。
高専の関係者が何人かが一般人に紛れている。
何が起きてもすぐに動ける状態だ。

「……何が見えます?」
「ファム・ファタール、宿命、ないしは運命の女。個人的には魔性の女にも見えるけどね。彼女のためなら、どんな願いも叶えてやりたいと思う」
「そう、その通り。彼女のためなら……貴方のためなら僕は何だってできるんです。プレゼント、喜んでいただけましたか?」
「退屈しのぎにはなったけど、面白味に欠けるね。ディスプレイに凝りすぎて、元のモチーフの印象が薄れる。私は赤い絨毯が嫌いだし、神に祈りを捧げたりしない。そんなことをしても、両手が塞がるだけだからね。貴方が殺したのは私ではなく、私の代わり、ただの代理人だ。その代理人に、貴方の中の穂村咲菊という名前のついた偶像を押し付けていただけにすぎない。それは最早、もう私ではなく、別の誰かだ。私はね、偶像崇拝が大嫌いなんだよ。それなのに、貴方は私のことをこれっぽっちも理解していないばかりか、私を侮辱したんだ。被害者には悪いが、貴方の作品は評価するに値しない。コーゼルのコピーなんて、作ろうと思えば誰でも作れる。オリジナルの個性が感じられない作品なんていうのは、ゴミと同然さ。三人も殺したのに、貴方はそれに気づきもしないで、全て無駄にしたんだ。では、失礼するよ。この後、用事があるんでね。次は――まあ、次なんてないだろうが、もう少しマシなものを作るといい。貴方の創作意欲は人よりほんの少し優れているんだから」

咲菊は相手が連続殺人犯だろうがお構いなしに、いつものマシンガントークを繰り出した。
まくし立てるような話し方はいつもの通り、一切のブレを見せず、むしろ絶好調といってもよかった。
相手が誰だろうと、彼女は自分のペースを崩さない。
言いたいことを言うだけ言って、ある程度の満足感を得た。
男は咲菊に何かを言おうとしたが、咲菊は既に相手にも事件にも興味を失っていた。
男がどこの誰だろうが、自分をいつ知ったのか、そんなことは、もうどうでもよかった。
咲菊の頭にあるのは、今から閉館までの限られた時間で、どの順路で回れば作品を全て見ることができるか、その一点のみだった。
咲菊がソファから立ち上がった瞬間、周りにいた術師が犯人を取り押さえた。
あまりにも、あっけない幕引きだった。
犯人はこの後、高専の敷地内になる拷問部屋と呼ばれる場所へ連れていかれる。
尋問を受けた後、処刑されるわけだが、既に咲菊の中では犯人を突き止めた時点で事件は解決、終わったこととして脳内処理されている。

その後、咲菊は美術館をぐるっと一周した。
一般客がほとんど居ない状態で、落ち着いて作品を見ることができた。
なんなら、美術館を出る前にお土産コーナーにも足を運んだ。
五条にはクッキーの詰め合わせを、家入と夜蛾にはリキュールの入ったチョコレートを、伊地知にはポストカードを、そして読書好きな伏黒にはオスカー・ワイルドの『サロメ』を購入。
自分用にパンフレットを一冊、手に取るのも忘れなかった。
最早、事件そっちのけで展覧会が本命だったのではないか、というくらいに鑑賞を楽しみ、美術館を後にした。

駐車場に止まっている一台のバンの中では、五条、伏黒、伊地知の三人が呪詛師確保の報告を聞いていた。
咲菊はどうせ閉館ギリギリまで出てこないだろうと分かっていたので、三件の殺人事件の報告書を一件にまとめるために、新たな報告書の作成に入った。
咲菊がお土産を片手にバンに乗り込んだのは、確保の報告から三十分が過ぎた頃だった。

「やあ、皆さんお揃いで。待機、おつかれさま。これ、お土産ね」
「おつかれサマンサー!」
「お疲れ様です。お怪我はありませんか?」
「心配どうも。大丈夫だよ」
「犯人は?」
「尋問を受けたあと処刑される流れだそうだよ。三人の身元を吐かせるんだそうだ。これでようやく、彼女たちも家に帰れるね」
「そうか」
「一件落着。私たちも高専へ帰ろう。家入先生や学長にも報告したいしね。やっぱり私は偶像崇拝が嫌いだな。押し付けられた理想なんて、ただのありがた迷惑にしかならないし、巻き込まれた被害者が浮かばれない」
「ファム・ファタールはこりごり?」
「そりゃあね。五条先生は運命の人に会ったことある?」
「……そうだな。強いていえば、一人だけ。僕の親友」
「なるほど、親友か。私にも親友がいるよ。隣に座っている無口な男だ。ピッキングが未だ上達していないけど、それでも大切な存在だよ」
「そりゃどうも。俺も咲菊を大切な存在だと思ってる。でもピッキングは今、関係ないだろ。ちゃんと練習してる」
「練習の成果がでなければ意味ないんだよ、恵」
「ねー、二人は夕飯どうすんの?」

咲菊と伏黒は声を揃えて言った。

「「五条先生の奢りで」」

バンは高専への帰り道から、銀座の寿司屋に進路を変更した。


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