09
装甲車のライトが暗い道を照らしながら警戒区域内を走り抜けていた。いつか休みが取れたら、行先は決めずに自分の好きな曲だけを流してひたすら遠い所へ行きたい。いつか休みが取れたら……
羽柴のゴキゲン・リストはローリング・ストーンズのサティスファクションを選曲したらしかった。軽快なギターサウンドに流されるように羽柴は曲を口ずさみながら目的地へ向かった。とりあえず明日は丸1日の休みを貰ったので、ゆっくり昼寝でもしたいと思いながら。それから普段、掃除していない場所を綺麗にしたり、コーヒーを飲みながら本を読むのもありだし、中古のレコードショップをハシゴするのもきっと楽しいだろう。夜勤さえ終えてしまえば羽柴の待ちに待った休日がやって来る。長い連勤の先には、明るい未来が待っている。おれの副作用がそう言ってる。羽柴は未来視の副作用を持っていないが、何となく、そう思った。
装甲車のライトに照らされた生駒隊は何故かそれぞれジョジョ立ちのポーズを取っている。ライトのせいか逆光になっていて、やけにかっこよく見えてしまうのが腹立たしい。だけど今日も上々に文句なんか言い合って日常をおど……そんな日常があってたまるか。羽柴はため息を吐きながら装甲車を道の脇に止めた。
「お疲れさんです、羽柴ちゃん」
「イコさんもお疲れ様。私はこの後、夜勤あるけどね」
「無理してへんか?」
「元気いっぱい。トリオン体ってサイコウ」
「ちゃんと休み取るんやで」
「羽柴、了解」
初めに羽柴に話しかけたのは生駒だ。お人好しというか、何と言うか。上に立つ人として、リーダーとしての器が大きく頼りがいがある。諏訪にも似たような事を思うが、それとは別の安心感のようなものを感じるのは関西の緩いノリが隊全体に広がっているからだろう。水上がコンコンと運転席の窓を叩いた。
「どしたの」
「助手席、乗ってええ?」
「どうぞ、おなかにおはいりください」
「宮沢賢治か」
「当たり〜」
二人の会話を聞いていた他の面々からブーイングが起きたが、水上の「俺は狭い所、嫌いやねん」の一言でそれは収まった。生駒、南沢、隠岐の三名がそれぞれ定位置についた所でバックドアを閉める。
「シートベルト」
「へーい」
水上がシートベルトを締めたのを確認して、羽柴はボーダー本部へとアクセルを踏んだ。
「羽柴って明日、休みやんな」
先に口を開いたのは水上の方だった。羽柴は暫く考えてから、呟くように返事をする。
「……疑問形じゃないのが怖いよね」
「寄席、行くで。夜の部、もうチケット買ってもうた」
何と言う独断専行であろうか。久しぶりの休日を落語で潰そうとは、水上は邪智暴虐の王の成り代わりではなかろうか。メロスは、いや羽柴は激怒したがハンドルを握り直すだけで何とか苛立ちを収めた。因みに、羽柴の副作用は全く仕事をしてくれなかった。
「私の休日は?」
「お前なぁ……俺を鳥肌実の講演会に無理やり連れてったん、もう忘れたんか?」
「水上はああいうタイプのアンダーグラウンドなネタ、結構好きだと思ったんだけど。金属バットとかも好きそう」
「そう言う羽柴は東京グランギニョルとか好きやろ。これこそアンダーグラウンドや」
「大正解!耽美、退廃は美学だよ」
「澁澤、夢野、江戸川辺りか。あぁ、あと谷崎も」
「海外ならワイルド、ボードレール、マゾッホ、サド。それからエドガー・アラン・ポーの『大鴉』は代表だよね」
「絵画やったらモロー、クリムト、シーレか。俺はモローとクリムトそんな好きちゃうけどな。あからさまな感じが逆にしらけるやろ」
「シーレは自画像が良いね。死に向かう事を正面から捉えてる。自分に凄く正直な感じがして好き。映画監督ならヴィスコンティ一択」
「『死と乙女』を選ばんあたり羽柴らしいな。映画監督やったらジャン・コクトーもやろ」
「コクトーは彼自身が作品みたいな所があるし、個人的には作家か画家のイメージが先行する。映画監督の枠には入り切らない芸術そのものみたいな人だよ」
「その枠は狡いやろ。そこに入れるんデヴィッド・ボウイくらいしか居らんやん」
「いや、バスター・キートンもその枠に入るよ」
「キートンはコメディやぞ」
「ロイドとかチャップリンとは芸風が違う。それにコメディにはマルクス兄弟とモンティ・パイソンのメンバーも居るから十分でしょ」
「要するにバスター・キートンは特別扱いか。羽柴の好きそうな顔してるもんな」
「つまりは、まあ、そういう事に、ならなくも、ない。夜勤明けの落語が楽しみだー」
「普段ルッキズム主義やないと主張しとる割に、顔で判断してまうとはな」
「そう言われるのが嫌だったから誤魔化したんだけどね」
「誤魔化すんヘタクソか」
羽柴は水上に出会ってから、様々な美術やら音楽やら文学やら……とにかく自分の持っている知識をひたすら吸収させる事に時間を費やしていた。そのおかけが、話題については尽きる事がない。たまにこうして反撃してくるのが水上らしいと思う。というか、反撃してくるような相手にしか羽柴は何かを教えるという事をしない。これは水上だけではなく、時枝にも言える事だが。
反撃するという事は、つまり、その事に対して相手がきちんと理解している、理解出来ている状態にあるという事だ。その方が会話は弾むし、片方だけでしか分からない話なら初めからしない方がいい。ディープな会話は同志が居てこそ成立するものだ。映画に関して言うならば、荒船と羽柴はそれぞれ趣味が違うものの、東洋や時代の枠を設けずとりあえず見るというスタンスをお互いに取っているので、最後には文句の言い合いになったりもする。だが、オタクの気持ち悪い会話に潜む面白さというのは、対象に対してどれだけ理解しているかの確認も兼ねている。視点の違いから生まれる新たな発見や気付きは、人生をほんの少しだけ豊かにすると羽柴は思っている。
会話の相手が限定されるのは、知識を詰め込む事に対して苦に思わない相手を選んでいるからだ。大抵の場合、これっぽっちも興味のない事柄であれば知ろうとすらしない。羽柴だって今年の流行カラーは?と聞かれたら答えられないのだ。それと同じで、わざわざ興味のない事柄を知ろうとしてくれる水上や荒船、後輩の時枝は羽柴にとって貴重な友人なのだ。あえて本人に言ったりはしないが、いつもそう思っている。こういう時に羽柴は人に恵まれていると心底思ったりもするのだ。
見慣れた本部の地下駐車場の入口は真っ黒な口を開けている。慣れた道の慣れたカーブを曲がり、地下へ潜っていく。生駒隊の今日の任務はこれで終了だ。羨ましいこと山の如しである。
「はい、到着」
「細かい事は連絡入れとくから。お前、昼には起きとけよ」
「善処はするけど、寝てるかも。電話出なかったらインターフォン鳴らしに来て。それなら大丈夫、だと思う。多分。自信ないけど」
「水上、了解」
落語というのは基本的に毎日やっている。大抵の場合、昼の部は正午前から夜の部は午後5時頃から始まる。基本的に入れ替え制ではないので一日じっくり落語に浸ることも出来たりするが、今回は午後の部のみ。寄席や公演によって違うので正確なスケジュールは直接、寄席に問い合わせるのが一番いい。水上とは既に何度か足を運んでいる馴染みの演芸場なので、どんな段取りかは知っている。寄席で行なわれるのは落語だけではない。講談や漫才、漫談、音曲、手品、曲芸などバラエティに富んだプログラムになっている。前座の落語から始まり、漫才や手品などの色物と呼ばれる演芸と、二ツ目の落語がテンポよく進んでいき、最後に真打ちが登場する。午前の部の場合は朝から出かけるが、今回は午後の部だ。
羽柴の眠気レベルにもよるだろうが昼過ぎに家を出るか、夕方に家を出るかのどちらかになりそうだ。それまでは、ゆっくり惰眠を貪れる。羽柴は急に出来た予定を頭の中に組み込んだ。装甲車から降りてきた三人は、一体、何の話だと騒ぎ立てる。
「助手席だけやのうてデートの約束まで取り付けるとは、流石、水上先輩ですねぇ。ちゃっかりしてるわ」
隠岐のボヤキは時たま京都人のそれに聞こえる時がある、というのは水上の言い分だが、確かにそうかもしれない。そんな隠岐に水上は頭に一発ゲンコツを落として沈めた。やり方がヤンキーのそれである。これだから18歳組は云々と言われるのだ。
「俺も斎先輩とデートしたいんやけどなぁ」
「だが断る」
水上の締めがあったにも関わらず、それでもめげる事なく首を少し左に傾けて、上目遣いでアピールするのを忘れない隠岐を見て、羽柴はこの男は営業職に向いているなと思ったりした。尚、デートの返事はノーである。
「生駒隊唯一のイケメンをフッて水上とデートするとは、羽柴ちゃん中々やるな。見る目あるやん」
「まあね。人を見るのは得意だから」
水上は関心している生駒の首を引っ捕まえてズルズルと引きずっていった。そんな扱いでいいのか、隊長だろ。南沢はキラキラした目で水上を見ている。生駒隊、やっぱり愉快だ。見ていて飽きないが、羽柴もそろそろ行かなくてはならなかった。東隊とは現地で合流する事になっている。楽しい夜勤の始まりだ。
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