03
本部地下駐車場にある装甲車専用の駐車ますは、いつ要請があってもすぐに出入り出来るように他の車が止まっている事はない。整備の事もあり場所が広く取られている。コンクリートの壁に白い蛍光灯のみのシンプルな作りをしている。太刀川隊、諏訪隊と共に装甲車を出た羽柴は事務室へ寄るため彼らと別れた。チャラチャラと音を立てながら装甲車のキーを手の中で弄ぶ。この後の予定は生駒隊を迎えに行った後、夜勤が入っているくらいで昼の間は久しぶりのフリータイムだ。事務室には何人かの事務員が居たくらいで、大体は昼休憩に入っているらしかった。
キーを預けた羽柴はそのまま売店へ向かった。見慣れたリノリウム製の廊下に愛想のない壁はどの道を選んでも同じで、迷路の中に迷い込んだ錯覚を起こさせる。廊下を歩く度、羽柴はこの清潔感溢れる退屈な壁をスプレーで落書きしたい欲が湧き出てくる。売店まであと少しという所で端末に連絡が入った。嵐山隊のマネージャーからだった。彼女からの連絡ほどうんざりするものはない。何故か羽柴を毛嫌いしており、ある事ない事で一々突っかかってくるのだ。今日は確か嵐山隊がショッピングモールでイベントがあったはずだ。その後はテレビ局だったか、相変わらず忙しない隊だと思う。
「……あー、羽柴です」
「出るのが遅い!」
「すんません。モールに向かえば良いんすよね」
「ええ。どうしてだかタクシーが一台も捕まらないのよ!こんな忙しい日に限って……」
「モールのイベント広場から一番近い出入口って、確か西側でしたっけ」
「そうよ。あと15分以内に来てくれるかしら」
「10分で向かいます」
電話を切る際に聞こえた舌打ちは気の所為ではないだろう。グッド・バイ、昼休憩。ついでに昼寝もしようと思っていたが、仕方ない。羽柴は全力疾走で売店に向かった。
「嵐山隊にお昼の差し入れしたいんですけど!会計は後で!」
魔法の言葉、嵐山隊。売店のご婦人方は目を輝かせてあれもこれもと羽柴に持たせた。
お茶、おにぎり、オレンジジュース、サンドウィッチ、エトセトラ、エトセトラ。山になったビニール袋を抱えて事務室へキーを取りに行く。10分と言ってしまった手前、11分になれば彼女は顔を顰めて文句を言うのだろう。簡単に想像がついた羽柴は再び全力疾走を決める。装甲車のエンジンを掛けバックドアを開ける。ビニール袋を投げるように椅子へ置いて、運転席に座る。さてさて、ここからが羽柴の腕の見せ所。モールまであと8分ある。さっと端末を起動し嵐山隊の送迎を予定に組み込むと、羽柴はゴキゲン・リストを再生した。
逸る気持ちを抑えながらアクセルを踏んで、脳内でモールまでの道筋を辿る。今日は休日で普段、車に乗りなれてない人が平日より多い。となると、いつもの道より裏道を走る方が早いだろう。鈍臭い運転手に付き合ってられる程、時間の余裕はなかった。誰も乗っていないのをいい事に、いつもより運転は荒め、テンションは高め。
ディス、イズ、マイ、ジェネレーション。
ディス、イズ、マイ、ジェネレーション。
キース・ムーンのドラムが、ジョン・エントウィッスルのベースが、ピート・タウンゼントの荒れ狂うギターの音に、ロジャー・ダルトリーの吃った歌声が重なる。
誰もが俺たちをこ、こき下ろすんだ。
ただ彷徨いてるだけなのにな。
奴らのする事ってむ、む、惨くないか。
こんなんじゃ歳食う前に死にたいね!
これが俺たちの世代。
これが俺たちの世代なんだよ!
声を荒らげた60年代の若者の叫びは今も尚、消える事はない。そう言えばこの曲が『キングスマン:ゴールデン・サークル』の予告で流れていたのを思い出した。尖がったアレンジで響き渡る中、冒頭のド派手なカーアクションから始まり、ゴールデン・サークルのボスが「キングスマンに“さよなら”よ」と笑顔でキングスマンの基地を吹っ飛ばす。イギリスのスパイ映画で、イギリスのモッズバンドの名曲が流れる。007シリーズとはまた違ったオリジナル設定に、スーツに合わせて登場するガジェットの数々。面白くないわけがなかった。前作が公開された時も荒船と映画館に通いつめた。
最近の羽柴と荒船の映画トレンドは『マトリックス』の新作についてだ。前三部作はアクションも然ることながらテーマの深さがファンを魅了した。ジャン・ボードリヤールの『象徴交換と死』や『シミュラークルとシミュレーション』を読むと更に作品の解像度が増す。ハイパーリアルそのものをSF映画で表現した『マトリックス』が、新作でどのような世界を見せてくれるのか今から楽しみで仕方がない。初めてトリオン体になった時、ハイパーリアルにかなり近い印象を受けたのを思い出した。「未来視」が預言者だとすると、救世主は誰になるのだろう。と、そんな事をツラツラ考えながらアクセル全開でモールに向かって装甲車をぶっ飛ばしていた。一般市民が見ている中、ここまでスピードを出せば何事かと思われるだろうが、なんの事はない。ただ嵐山隊が昼のテレビ放送に間に合わないかもしれないだけで、近界民が襲ってきたとかではない。気になる方はボーダーのホームページ、または各SNSのアカウントをチェックしていただければ最新情報が手に入る。全く便利な世の中になったものだ。予定より53秒早い到着となり、マネージャーに連絡を入れた。
モールのイベントに続きテレビの生放送とは、ボーダーの顔は三門市からすれば偶像崇拝に近いのではないだろうか。よく仕込まれた新興宗教にも似ている。崇拝の対象が未成年だからこそ、余計にタチが悪い。まあ、ボーダーで戦闘員をしている少年少女は羽柴を含めて殆どが未成年なのだが。ボーダーは本当によく出来た組織だ。子供のままでは居られなかった大人にもなれない未成年者達のヒロイズムをつつき徴兵し、トリオンという分厚いフィルター越しに戦争をしているのだから。もしボーダーが情報規制を徹底し思想を限定するような組織だとしたら、それこそヒトラーユーゲントが出来上がってしまう。そんな薄ら寒い考えが、いつだって羽柴の頭の隅にある。戦場のタクシーを乗り回す事で前戦を俯瞰する事の出来る立場にある羽柴だからこそ、そこまで思えてしまえるのだろうが。こんな事を口走れば除隊処分を受けかねないので誰かに言ったりはしないが、諏訪辺りなら聞かなかった事にしてくれそうだ。あの人はガラの悪い見た目をしているが、中身は信用出来る大人である事を羽柴は知っている。
西側出入口から赤い隊服の集団が出てくるのが見えた。マネージャーの言った15分は的確だった。隊長の嵐山准を先頭に、時枝充、佐鳥賢、羽柴が銃の指南をした木虎に、その後ろを走るマネージャーの5人。正直、かなり目立っていた。
「隊員は後ろ、マネージャーさんは助手席に」
「嵐山隊、了解!」
返事をした嵐山の笑顔は今日も爽やかだ。
その反対に、羽柴の声にマネージャーは顔を顰める。言い争っている暇はないと判断したのか、羽柴に従った。モニターで後ろの座席を確認し、出発する。それと同時に嵐山から通信が入った。
「ありがとうな、羽柴」
「給料分の仕事ですよ。それにしても、しゃまくんに会うの久しぶりな気がする」
「ここ最近、色々と立て込んでたからな」
「お疲れ様でーす。差し入れ置いてあるんで、食べていいすでよ。お昼まだでしたよね」
後輩達の「ありがとうございます」に適当に返事をし、羽柴は揺れに気を付けながらそこそこのスピードでテレビ局へ向かう。助手席に座る彼女が咳払いを一つした。
「それで、どうして私は助手席なのかしら。隊員以外は乗せる気ないとか?」
……なんでそうなる。
「テレビ局の関係者用ゲート、入るのに許可証が必要なんすよ。事務の人に言ってんだけど、まだ貰えてなくて。持ってます、よね」
相変わらず面倒な人だ。羽柴の何が気に入らないのか知らないが、全てにおいてマイナス方面に取られる。生きていればそういう人間も居るかと思い、殆ど気にしない。
羽柴は基本的に、自分に敬意を払わない相手に自分が敬意を払う必要はないと思っているし、自分の事を嫌う相手をわざわざ自分が好きになる必要はないと思っている。この国の人間はどうにも他人に興味を持ちすぎる傾向にあるから、悩まなくてもいい事で無意味な時間を取られる。羽柴としては自分の好きな物、好きな事、好きな相手にしか時間を使いたくない。無意味な時間は死と同義だ。2億ドルかけて製作されたアホ映画『バトルシップ』に「みんないつか死ぬ。だが今日じゃない」という迷言がある。これを踏まえて、羽柴はこう続ける。だから自分の好きを優先すべきだ、と。今までそうやって生きてきたし、これからもそれは変わらない。それで他人から顰蹙を買われたとしても、所詮は別個体の生き物の戯言だと一蹴出来てしまう。それが羽柴斎の生き様だ。村上春樹ならこれをプライドと言うだろう。羽柴が愛してやまないノエル・ギャラガーは「自分がいかに凄いか信じられない程だ」と言っていた。
ただ、それを否定ではなく拒否するのは相手の自由だとも思っている。否定と拒否の意味を履き違えている馬鹿が居るが、そんなヤツらはもう面倒だからアウトオブ眼中で良い。母国語すら理解出来ないヤツとはお喋りしないに限る。そして、思想は自由であるべきだ。歴史は繰り返すというが、それは歴史から何も学ばない馬鹿の所業だ。ヒトラーユーゲントではないボーダーは、その辺りきちんと学習している。一定の虚構を演出する側の人間が、最後にはその虚構の魅力に取り込まれてしまう。そんなプロパガンダの恐ろしさは、第二次世界大戦でもう学んだ事だ。狂信はお断り。
映画『エンド・オブ・デイズ』でアーノルド・シュワルツェネッガーが「信仰と拳銃なら拳銃を選ぶ」と言っていた。拳銃は目に見えるが、信仰は目に見えない。羽柴は無神論者ではなく、不可知論者だ。このセリフには大いに賛成する。情緒的な、敢えて情緒的なという言葉を選んだが、情緒的な批判は無視するに限る。18年と少しの間、人間をやって気付いた事だ。だから彼女が羽柴にどれだけ態度が悪かろうが、どうでもいい事だった。
無事、テレビ局に着き嵐山隊とはここでお別れ。佐鳥がブンブンと音がなりそうな勢いで手を振っている。相変わらず元気なヤツだ。羽柴もヒラヒラと手を振ってやると、時枝と木虎が小さく頭を下げた。こういう所で性格が出るので見ていて面白い。
「帰りは……」
嵐山がそう言うので羽柴も「いつもと同じ。3時ピッタリに迎えに来きますよ」と返した。今までも何度かこういう事があったので対応には慣れている。
「んじゃ頑張ってください」
「嵐山、了解!」
眩しい笑顔にエフェクトがかかって見える。嵐山とは羽柴にとって近付きすぎると危ないが、こうして挨拶や中身のない話をするくらいなら危険のない存在だ。見た目が良いというのも勿論あるが、羽柴のタイプではないのでレベルの高い鑑賞用。ボーダーには啄いてはいけないタイプの薮をお持ちの方が何人か居るが、嵐山もそこに入っている。彼は正義感が強い人間だ。世の中で最も危険な思想は、悪じゃなく、正義だ。悪には罪悪感という歯止めがあるが、正義には歯止めなんかない。だからいくらでも暴走する。過去に起きた戦争や大量虐殺も、たいていの場合、それが正義だと信じた連中の暴走が起こしたものだ。どんな正義も暴走する危険がある。嵐山の掲げる正義は今のところ間違っていない。
だからこそ、羽柴は怖かった。自分の正義に疑問を持たなくなった時、その正義は明らかに暴走していると言える。暴走する可能性のない正義など存在しないのだから。どんな正義も暴走しうる。大事なのは暴走しかけた時に「これは、まずい」と気付きセーブ出来るかどうかだ。「暴走するのはあいつらだけ。俺の正義は暴走しない」と確信してる人間は、いつか自分が暴走しはじめた時、それが認識出来ないだろう。もし、いつかの未来で彼の正義が暴走した時、果たしてこの街は普通で居られるのだろうか。彼を偶像崇拝している大多数の人間が、暴動を起こさないとは限らないのだから。そうならない為の「未来視」があり「隊」があるのだが。
冷静沈着な時枝が、場の空気を明るくする佐鳥が、そして何より「隊」を引っ張っていける力を持っている木虎が居る。彼は友人を含め、周りの人間に非常に恵まれた人だと羽柴は小さくため息を吐いた。うん、やっぱり鑑賞用で十分だ。羽柴は彼を『しゃまくん』と呼ぶが、それは初対面の時、面白そうな人が居るなと思って近付いたからであって、箱を開けてみれば荒地の魔女だったというハウルと同じパターンだ。いつ爆発するかしれない時限爆弾と深い仲になるつもりはない。
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