04
最短距離で本部へ戻る道すがら見知った背中を見つけたので、スピードを落としながら近付いた。相手は羽柴が来るのを知っていたように、タイミング良く振り向いた。
「羽柴ちゃんがここ通るの見えてさ」
「本部?玉狛?」
「本部」
助手席に乗り込んだのは玉狛支部の迅悠一だった。彼は色々と特殊で、彼もまた啄いてはいけないタイプの薮を持っている。腹の中で何を飼い太らせているか分かったものではない。適切な距離で適切な対応をしなければ、迅は簡単に離れていくだろう。どいつもこいつも、と思わないではないがクセのあるイカレた連中だから、普通では居られなかったのかもしれない。ボーダーとは、ある一種の逃避にとても都合のいい組織だ。利用し、利用され、それでいて三門を守れるのだからプラスの面の方が大きい。現代の日本で戦争に参加するなんて考えはイカレてなければ出てこない。羽柴も、結局はそのイカレた連中の一人だ。だからこそ、ボーダー隊員達を見ていると安心するし、面白い。重いか深いか、それぞれ違いはあれど自分だけがおかしいのではないと確認出来るからだ。逃げた先が均衡のとれた理想郷(ユートピア)でなく、戦艦に似た灰色の箱の形をした暗黒郷(ディストピア)だというのもまた、らしい、と言える。
迅は慣れた手つきでラジオを流した。助手席に与えられた特権だ。だから羽柴も何も言わない。
「今日は朝から仕事?」
「朝から晩までずっと仕事だよ。夜勤入ってるしね。ジーンは?」
「おれも実力派エリートなんでね、中々に忙しいよ」
迅は頬杖をついて車窓を眺めている羽柴は急遽、道を変更した。少し寄り道して行こう。こういう時の迅は大抵、一人で居たいか、一人で居たくないけど余計な話は聞きたくないかのどちらかだ。黙って運転するに限る。
「この曲はさ、おれの為に歌われてるんだよ」
「……自惚れ」
ラジオから流れてくる曲はいつだって不特定多数の視聴者の為に流れる。個人じゃない。ビリー・ジョー・アームストロングの声が、落ち着いた耳に残る物悲しいメロディが、破れた夢の大通りを孤独ながらに希望を抱いている男を歩ませる。反戦をテーマにしたロック・オペラのアルバムの代表曲だ。
おれは孤独な道を歩いていく。
この道しか知らないんだ。
どこまで続いているのか分からないけど、でも、そこがおれの居場所なんだ。
だから1人で歩いていく。
空っぽな道を歩いていく。
破れた夢の大通り、街が眠りにつく場所。
おれは1人、1人で歩いていく。
1人で歩いていくんだ。
共にあるのはおれの影だけ。
鼓動を刻むのは、おれの壊れかけた心だけ。
誰かに見つけて欲しいと願った事もあるけど、その時まで1人で歩いていくよ。
確かに、迅の好きそうな曲だと思う。置いていかれた側の、置いていかれるように仕向ける他にやり方を知らない人間の、心の底でこの曲が流れている。これは良い事なのだろうか。羽柴には分からない。迅は不貞腐れたような顔をしているので、羽柴は笑った。都合のいい返事が欲しいなら、都合のいい相手を選ぶべきだ。羽柴は迅に容赦しない。その代わり迅も羽柴に容赦がない。お互い今の状態が一番釣り合いが取れている。
「羽柴ちゃんの未来は、他の人とはちょっと違う見え方がするんだよね」
ラジオのボリュームを少し下げた迅が羽柴に話しかける。ドライブ中のお喋りは嫌いではないが、相手が迅でなければもっと楽しかっただろう。
「どういう事?」
「他の人はさ、些細な事が切っ掛けで選択肢が増えたり、増えた選択肢の先、つまり結果の部分が全く違ってたりするんだけど」
迅は考えるように言葉を切った。副作用(サイドエフェクト)は所有者個人だけの感覚であり、特に迅の未来視は言語化するのが難しい。迅もそれが分かっているからか、いつもより慎重に言葉を選びながら話をする。
「でも、羽柴ちゃんの場合は、そもそも選択肢があんまり増えないんだよね。なんて言うか、いつも一貫してるっていうか、選択肢が増えたとしても、どれを選んでも結果は同じっていうか」
「だろうね」
「……何でなの?」
「意見がコロコロ変わるヤツは、詐欺師かただの馬鹿のどっちかだ。自分がないヤツは信用ならない。私はそうはなりたくない」
「おれ、羽柴ちゃん程カッコイイ生き方してる人、他に見た事ないよ」
「それって褒め言葉?ただ頑固なだけとかじゃない?」
「褒めてるし、惚れそうだよ。ほんと、カッコイイんだから。それに安心するんだよ。ブレが少ないってね、羽柴ちゃんが思ってる以上に安心するんだよ」
「そうなの?」
「うん。だから羽柴ちゃんだけは、変わったりしないでね」
変わらない人間なんて居ない。それでもこうして度々、確認してくるのは。
「ジーンの口数が多い時は、どうしようもなく寂しくて構って欲しいから。若しくは、確認して確証が欲しいから。自分は間違ってないってね。間違えない人間なんて居ないのに。相談相手、間違えてるよ」
「……分かってるんだったら何も言わないで慰めてよ。優しくしてよ〜」
「私は誰にでも平等に優しい」
羽柴がそう言った時の迅の表情には「こいつ、こういう所あるよな。クズめ」と書いてあった。うるせぇ、ほっとけ。
「特別がいい。おれだけ、特別。おねが〜い」
「……きっしょ」
「ひでぇ!」
ケラケラ笑っている迅を見て羽柴は大きくため息を吐いた。本部は目の前だ。到着までに迅の機嫌が良くならなかったら、更に時間を取られていただろう。本部地下駐車場の薄暗さは、いつだって羽柴を冷静にさせる。装甲車を止めて外へ出ようとするが、迅は未だに助手席に座ったまま微動だにしない。……嘘だろ、機嫌良くなったんじゃなかったのか?この一瞬で何があった?羽柴は開けていたドアを閉め、迅が話し出すのを待った。
「2時30分までならここでお喋りが出来る。それ以上は無理。嵐山隊を迎えに行くから」
「特別扱い」
「……実力派エリートだけの特権だよ、くそったれ」
こうなったら、いくらでも話を聞いてやる。何を視たのか知らないが、今日はよっぽど駄目な日らしい。吐き出し口がここにしかないというのも考えものだが、迅の周りには優しい人間しか居ない。平気な顔で普通に毒を吐いて、迅を普通の扱いしかしない羽柴の隣は、迅にとって貴重なのかもしれない。
「羽柴ちゃんて、おれに未来の事とか聞いてこないよね。なんで?」
時間をかけて出てきた言葉がそれとは、迅は羽柴をまだ理解しきれていない。羽柴は天気予報がなくても生きていけるタイプの人間だ。迅の未来視はざっくり言うと確率の問題に似ている。天気予報と同じ。10回中、何回雨のマークが出るか。何回晴れのマークが出るか。晴れにするには雲の動きをどうすれば良いのか、ある程度のコントロールをする。そのコントロールを迅は暗躍と呼んでいる。ただ、羽柴は雨が降っても傘を差さないタイプの人間なので、天気予報は必要ない。最近のシンデレラはガラスの靴がなくても好きな所へ行けるし、自分で魔法使いにもなれる強さがある。なくても良いものに縋るのは、少し違うだろうという話。
「今を生きる事で精一杯。未来ばかり見てると今に置いていかれる。今は忽ち過去になるし、そうなれば全ての事に置いていかれる。過去は影に似て、死ぬまで一生付き纏ってくる。お前が手に入れられなかったものはアレとコレとソレだって。未来を変える事は出来ても、過去は変えられない。だから、失ったものより今ある大切なものを優先する」
未来に割ける余裕がないとも言う。でも、どうしたって未来を手に入れる事は出来ない。出来ない事は、出来るヤツに任せるしかない。フォローし合う、その為の仲間だ。羽柴に出来る事と言えば、今と仲間を大切にする事だけ。
「じゃあ、羽柴ちゃんの分の未来はおれが大切にしてあげる。代わりに、おれの今を大切にしてよ。特別に」
「……特別にね。さっきから端末鳴ってるけど、デートのお誘い?」
「相手は城戸司令だし、大丈夫でしょ」
「三門市良い男ランキング1位の誘いを断るなんて有り得ないんだけど」
「……何それ、知りたくなかったんだけど。ていうか、羽柴ちゃんの趣味の方が有り得ないでしょ」
セクハラ常習犯の馬鹿に趣味云々で悪口を言われたくない。迅に軽口を叩ける余裕が出来たので、羽柴もお役御免となる。いつもの、固有名詞としての、未来視を持ってる迅悠一が戻ってきた。
「んじゃ、未来を大切にしに歩いていくかな」
貼り付けたような笑みに飄々とした態度の迅に、羽柴は冷や汗を流す。適切な距離、近付いてもいい境界線があやふやになった気がする。喉の奥が張り付いて、初めて羽柴は自分が少し緊張していた事を自覚した。破れた夢の大通り、街が眠りにつく場所。迅は1人、1人で歩いていく。それが迅のプライドだというなら、羽柴にそれを邪魔する権利はない。
「……これだからグリーン・デイってハマれなかったんだよな」
羽柴の呟きは誰にも聞かれる事はなかった。やっぱり、どうせ聞くならオアシスが良い。
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