05
迅と別れた羽柴はラウンジへ向かった。朝から何も食べていないのと、この後は嵐山隊と生駒隊の送迎に夜勤で防衛任務が入っている。腹が減っては何とやらだ。カウンターでサンドイッチとコーヒーを頼み、何処に座ろうかと辺りを見回した。ラウンジの一角には見知った面々が屯しており、周囲はそれを避けるように点々と席を取っている。真ん中に居るのは通称「ガラの悪い18歳組」だ。
ボーダーの公式ホームページには、隊員達の顔写真や名前、所属している隊などの情報が掲載されており、一般人でも閲覧が可能となっている。ある日、羽柴が学校でいつものように屋上で昼休みを過ごそうとしていた時、不意にこんな会話が聞こえた。
「3年の先輩でボーダー隊員やってる人って、全員もれなくガラ悪いよね」
「分かる。大半うちの3年だよね」
「ヤンキー的な?18歳組ヤバ」
「ちょっと怖いよね。ホームページの写真、真顔だからかもしんないけど怒ってるみたいに見えるし」
「あ、でも王子隊の蔵内?って人はイケメンじゃん」
「こんな正統派イケメン、うちの先輩に居たっけ」
「ろっこーの人でしょ」
「流石、私立は品格が違うわ〜」
「18歳組がヤバいだけでしょ。鳥丸くんとか、隠岐くんとか、普通にイケメンもいるじゃん」
「確かに。18歳組がヤバいだけだわ」
「羽柴先輩とか、お頭やってそうだよね」
「分かる。どう見てもヤクザでしょ」
この時、羽柴は初めて自分を含めた同期たちがガラの悪い連中なのだと知って驚いたのだ。
「マジか。ヤクザか……」
普段、共に過ごしている中であまり気にならなかったから余計に驚いた。自分とは全く違う印象だったからだ。羽柴の同期は気さくで面白い、良い連中だ。だが、それは羽柴が同期と過ごす時間が長いからであって、他人の評価とは得てしてこんな程度なのだろう。特に学校生活となると、三門第一高等学校の男子は学ランの着用が義務付けられている。ヤンキーに見えても仕方ないのかもしれない。屋上に着いて、まず目に入ったのが屋上のど真ん中を陣取る黒い集団。「ヤバい18歳組」の連中だ。あっ…………確かに、ガラ悪いわ。
この時から羽柴は自分を含めた同期がガラの悪い連中だという事を自覚した。場所が屋上からラウンジに変わろうが、ガラの悪さは変わらない同期を見て、これはもう仕方のない事なんだろうなと思った。
任務で居ない水上やオペレーター達を抜いて、ほぼオールスターで18歳組が揃っていた。A級2位冬島隊の当真勇、B級1位二宮隊の犬飼澄晴、B級2位影浦隊の影浦雅人、同隊の北添尋、王子隊から王子と倉内和紀、B級8位鈴鳴第一の村上鋼、荒船隊から荒船と穂刈篤。総勢9名に、羽柴を加えて10名がラウンジの一部を占拠している。
「どうした、微妙な顔をして」
コーヒーとサンドイッチを持って突っ立っている羽柴に穂刈が声をかけ、外側に座っていた荒船は空いている椅子を持ってきて羽柴に勧めた。荒船のこういう所を知らないから、ガラが悪いと言われるのだろう。
「いや、何て言ったらいいのか……」
羽柴は椅子に座って、たまたま聞こえた例の話をした。
「「「あーーー」」」
それぞれ思う所があるのか、右を見て、左を見て、羽柴を見て、納得したような表情で声を合わせて「あー」と鳴いた。
「俺はそこに入ってないからね。俺、会長と同じ六頴館だし」
真っ先にヤクザから足抜けしたのは犬飼だ。それにすかざず乗っかったのは当真だ。
「羽柴組から抜けたいならエンコ詰めだな。カゲ、指落としてやれよ」
「おう。指出せや、イヌ」
勝手に組を立ち上げるなよ、そして乗るなよカゲ。ますます怖がられるだろうが。羽柴はサンドイッチを食べながら内心でそう思った。今、何か言えば更に火が広がってしまう。
「荒船もだぞ。裏切り者は」
「はぁ?俺がいつガンナッツを裏切ったよ。裏切り者はお前だろ、穂刈。俺を売りやがって。会長も何か言ってくれ」
「……すまない、羽柴。王子、犬飼、荒船は蔵内組のスパイだったんだ」
羽柴は頭を抱えた。一番乗ってこなさそうな蔵内がまさかの親玉だった。もう誰もこの暴走を止められない。
「んっふふふ。ごめんね、ナッツ。ぼくはクラウチの右腕。ずっと情報を流していたんだ」
王子は完璧に面白がっている。
「羽柴組がザル過ぎて、ゾエさんビックリなんだけど」
「どうします、姐さん」
……嘘だろ。最後の砦である村上もそっち側の人間だった。羽柴の味方は誰も居ない。これは流された方がラクだ。
「腐った卵を1つのカゴに入れて……カゴを崖から着き落とせ。ハンプティ・ダンプティ、落っこちた。誰も元には戻せない」
『大脱走』のルーガー所長のセリフを羽柴風にアレンジした。新設された捕虜収容所の所長であるルーガーが、捕虜の代表であるラムゼイと話をするシーンでのセリフだ。収容所に移送されてきた男たちは、これまでに何度も脱走を試みてきた者たちばかり。そんな彼らを腐った卵に例え、ルーガーは捕虜収容所をカゴに例えた。
「『ダイ・ハード3』の悪役かよ。ちなみに『大脱走』のルーガー所長はそこまで酷くねぇからな!」
荒船は映画好きの同志だ。ネタには敏感なのかすぐに気付き羽柴に噛み付いた。因みにハンプティ・ダンプティはマザー・グースの1つで、マザー・グースを引用する悪役と言えば『ダイ・ハード3』のサイモンと相場は決まっている。若しくは『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のミッキーとマロリーでもいい。荒船はこの作品について『俺たちに明日はない』をファーストフードにしやがってと毒づいていた。羽柴はどちらの作品も好きだし、ファーストフード云々に関しては、夕飯に中華が食べたい気分だったのにマカロニグラタンが出てきやがって、くらいにしか思っていない。その日の気分による。それだけだ。羽柴と荒船の会話は映画の元ネタを知らないと理解出来ないだろう。そこにB級6位東隊の隊長、東春秋が片手を挙げて18歳組に声をかけた。
「治安の悪い会話だな」
羽柴以外の面々が勢いよく立ち上がり一礼した。
「「「お疲れ様です、兄貴!!!」」」
「辞めなさい。今すぐ、辞めなさい。斎、これ辞めさせなさい」
「裏切りのユダとその手下が居るからなぁ。いくら何でも私には無理だよ、春秋くん。もう手遅れだし、手に負えない。皆の衆、着席」
ガタガタと音を立てて席に座ったアホ共を、呆れた目で見る羽柴と東の表情はリンクしていた。
「それで、どうしたんです?」
「今日の夜勤、斎とうちが合同だろ?見かけたから声をかけたんだが……斎、親御さんを泣かせるような事はするなよ」
「何もしてないよ、まだ……とにかく、今日はよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
東は予定があると言ってラウンジを後にした。羽柴もそろそろ行かないと、3時ピッタリに遅れてしまう。食べ終わったサンドイッチの袋を片手でたたみながら、冷めてただ苦いだけの水となったコーヒーを飲み干した。
「羽柴ちゃん、もう行く感じ?」
犬飼が空になった紙コップを回収し羽柴に声をかける。
「男とドライブか、俺たちが居るのに」
穂刈の言葉を皮切りに「浮気者」「俺とは遊びだったのね」「最低だな」「こっちは真剣だったのに」「地獄に落ちろ」と罵倒の言葉が飛び交う。
「やかまし。そういうのは嵐山准に勝ってから言え」
羽柴の出した魔法の言葉、嵐山准はここでも盛大な威力を発揮した。ラウンジに設置してあるテレビからはタイミング良く「ボーダーをよろしくお願いします!」と嵐山隊の元気な声が聞こえてきた。
「あの爽やか4人組を迎えに行ってくるよ」
ラウンジを後にした羽柴は装甲車の鍵を持って、再び地下駐車場へ向かった。
- 5 -
*前次#
Gun Nut Driver トップページへ