一筋の灯りが見える - 太宰治 (男主)


 トンネルの中を二人して歩く。携帯電話の小さな灯りを頼りに、前へ進んでいく。その1歩1歩が覚束無く、次の瞬間には躓いて倒れそうなのに、斎はそれでも先を進んだ。

「寒いかい、斎」
「…まぁね。あんな所から水が落ちてくるとは思わなかった」
「君がいきなりトンネルに入りたいなんて言うからさ」
「自業自得か」
「触らぬ神に祟りなしってね」
「君子危うきに近寄らず、ね。然れど、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うだろ」

 今日の斎は何かおかしい。依頼を終わらせたあと、二人してドライブに出掛けた。月の無い静かな夜だった。

「どのラジオも、先程から同じ曲ばかり流すね。私はこの曲を嫌いになりそうだよ」

 斎は返事をしなかった。曲がりくねった暗い森を、ただ一心に運転していた。その時だった。斎が急に車を停めたのは。

「何だい、ここ?」
「あのトンネル。太宰、少し入ってみよう」

 斎は人の返事も聞かず、車を降りてしまった。彼の後に続いて車を降りた。

「暗いし、危なくないかな?」
「さぁね」
「多分、先には何も無いんじゃない?」
「行ったこと無いだろ。この先に何があるのか気になるんだ」

 斎がおかしくなった時、口数が少なくなる。何かを考えているようで、何も考えていないような、そんな。それに、いつもはこんな言い方をしない。普段話している内容がまるで嘘のように、笑わなくなる。

「太宰、もっと前を照らさないと」
「足元に水溜りがあるよ」
「あぁ」

 こういう時の斎は何を考えているのか、全く予想がつかない。

「坂になってる、気を付けて」

 斎は手を取り、私を引っ張りあげた。その手を離さずにいたのは何故だろう、離せないのは何故だろう。私は彼が今ここで1人で死んでしまうんじゃないかと不安になった。
 結局、そこから先はゴミや岩で道が塞がっていた。彼が求めた“先”には何も無かった。それが良かったのか悪かったのか、私には分からないままだ。

「なぁ、太宰。どこにも繋がってなかったな」
「そうだね。そこ、雨水が溜まってるのかな」

 彼は木に引っかかっていたビニールを引っ張った。雨水は彼を濡らし、体温を奪っていく。口数が少なかった斎は、更に無口になった。斎が何故こんな所に入りたがったのか、ますます分からなくなる。

「どうして、こんな事しようと思ったんだい?」
「……たまに、たまにどうしていいか分からなくなるから」

 繋いだ手の先は冷たく、氷のようだった。

「別に、何かあったって訳じゃない。ただ…」

 斎は一体どうしたいんだろう。斎には沢山の友達がいて、優しくて頭もいい。仲の良い両親がいて、何でも簡単にやってみせる。私の欲しいものを沢山持っているはずの斎が、こんなにも不安定になるのは何故だろう。分からない。分からないから、斎が何を望んでいるのかも、分からないままだ。

「見なよ太宰、光がある。もうすぐ出口だ」

 どうせ今みたいにおかしくなっても、次会ったときには何も無かったみたいに普通の斎に戻っている。そうすると、斎はきっと今ここで望んでいる事なんて綺麗さっぱり忘れてしまっているんだ。

「車に戻ろう。帰りも運転するから」
「…やっぱり何も無かったね」
「そうだな」
「泥水じゃなくて良かった」
「死ぬほど冷たかった。最悪だよ」

 斎は車に載せていた服に着替え、運転席に座った。エンジンをかけ、ゆっくり発進させた。まるで、あのトンネルに未練があるかのようだった。
 あぁ、やっぱり今日の斎は口数が少ない。こういう日は、別れ際までずっと無口だ。何か言いたげなのに、何も言わない。なのに、次の日になれば元に戻っている。「どうしたの?」なんて聞いたら斎は説明してくれるのだろうか。私は絶対に聞いたりしてやらないけれど。だって、次会った時には忘れてしまうような気持ちなんて……
 私は絶対に聞いたりしてやらないけれども、それでも、もし聞いたら何と答えるのだろう。「何でもない」なんて言われても、「何でもなくないだろう?」なんて言って「だから話してごらんよ」って、いつもの調子で言えば、どうなるのだろうか。
 沢山の友達たちに囲まれて笑う斎は、私の欲しいものを沢山持っている斎は、私に何と言うのだろうね。
 助手席から見える景色はとても綺麗で、街の灯りがゆったりと流れていく。

 ああ!今バスが突っ込んで来て斎の側で死ねたとすれば、それはきっと最高の死に方だろう!!もし10トントラックが突っ込んで来て2人で死ねたとしたら、斎は永遠に私だけのものになってくれるのに!!素晴らしい特別な死に方だと思うのに!!

「…もう髪は乾いてきた?」
「まだ寒い。手が悴んでうまく運転できない」
「ほんと、氷みたいに冷たい」

 私はそっと彼の手に触れる。この少し繋がった場所から、私の体温が斎の中に移ればいいのに。

「帰ったらシャワーを浴びなよ」

 斎は返事もしないうちに、そっと手を離した。今、斎はどんな気持ちでいるのだろう。月の無い静かな夜を、どんな気持ちで運転しているのだろう。
 結局、手を繋ぐだけの関係なんて。ここまでしか触れ合えない関係なんて。斎の事が分からなくて、いつも胸が苦しくなる。
 暗い道を照らすヘッドライトの灯りが見える。

 一筋の灯りが。
 いつまでも決して消えない。
 そんな灯りが。



The Smiths - There Is a Light That Never Goes Out


暗いトンネルに入っていくものだから「神様これはチャンスなのでしょうか?」なんて思ったけれど、怖くなって結局なにも言えないのはどっち?

- 14 -

*前次#


短編 トップページへ