一杯ぶんの出会 - 安室透


「コーヒーのお代わりは如何ですか?」

 安室透は何時もと変わらない笑顔で、ポットを片手に聞いてきた。コーヒーの香りの中に、僅かな血の匂いを滲ませて。それは、まるでコーヒーにミルクを入れ、ゆっくりと掻き混ぜた時に出来る歪な模様に酷似していた。優しく柔らかでいて、太陽の光を薄い霧で覆い隠し、全ての輪郭をぼやかした夏の午後。動物も昆虫も昼寝でもしているかのような、静寂が広がる森の中に似ている。薄く染まった薄紅色の酸素を吸う度に肺の中に広がるそれは、煙草の紫煙の様にも思えた。
 斎は何も言わず、小さく頭を横に振った。これでは、折角のコーヒーも台無しだな、と。ワイシャツの第二ボタンは止められておらず、その隙間から見える鎖骨のラインの何と美しい事か。外国の人らしい薄茶色の肌の凹凸を駆け巡る鹿を想像した。理屈っぽい青年の顔立ちをしたその鹿は、黄金に透き通る草を食む。項よりほんの少し長いその黄金は、絡まる事を知らない。耳元から斜めに通る細い線は、やがて横に伸びる鎖骨と合流する。この美しく、そして余りにも残酷な生き物に、傷を付けた人間が居る事が不思議で仕方なかった。

「私にコーヒーは必要ないけど、貴方には消毒液とガーゼが必要みたいね」

 安室は何も言わず、その場を去った。


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