Lost Control - ウェイバー・ベルベット (男主)
昼に見た時と同じように、斎はバルコニーの柵に凭れながら煙草を吸っていた。片手にウイスキーの入ったグラスを持って。彼の父は斎がパーティで覚えたのは、酒と煙草とクスリだけだと言っていたが、それは少し違っているんじゃないかと思った。僕が勝手に想像しただけにすぎないけれど、斎はきっと疎外感や孤独を感じたんだろう。それを誤魔化す為に思考回路をシャットダウンさせなければならなかったのだ。
冷たい風が部屋に入ってくる。何か考えているような、それでいて何も考えないようにしているような堪えた表情と、暗い目の奥を覗き込んで、1人じゃないと言ってやりたかった。ただのエゴに過ぎないけれど。
斎は普段から物静かで、彼の隣に居る時は、いつも息を殺して何かに耐えるような、そんな息苦しさを感じる。僕は、いつもと同じように1つ深呼吸をしてから彼の隣に立った。
広い庭、手入れされた花壇、白い猫足のついたテーブルと椅子が3脚、噴水の近くにあるのだろう。夜になると、ここは何も見えなくなる。星も月も見えず、藍色の絵の具を塗りたくったような空が延々と広がっているだけだ。
手首を掴んで初めて知ったその細さ。皮膚の下を脈打ち、生きている事を唯一証明するような、人より少し遅いゆったりした鼓動のリズム。
斎の使っている香水の香りは、今は煙草とアルコールに塗り潰されている。
「お前はちゃんと両親に愛されてるよ」
「そうかもね」
「……少し、分かりにくいだろうけどさ」
取って付けたようなフォローに返事は無かった。斎はグラスに入ったウイスキーを飲み干して、甘い溜め息を吐いた。それが合図だった。
「あぁ、また始まるぞ」
僕は、心の準備を整える時間すら与えられないまま、斎の戯言に付き合わされる羽目になった。彼は酔っ払うと、必ず演説を始める。鼻歌を歌うような、その柔らかな囁き声は、誰もを魅了してしまう。と言っても、その場で彼に魅了されている連中は、既に酔っていて言葉の意味すら理解していないだろうけれど。まるで胡散臭い宗教のようで、気持ち悪い。僕はいつも、それを冷めた目で見ていた。
「僕に必要なのは、自尊心を保てるだけのアルコールと、気持ちを切り替える為の煙草。それから、高額の保険と、しばらくの間、誰にも会わずに済む休暇と、フランスの避暑地にある別荘だ。一日中、本を読んで、たまに絵を描いて、クラシックのレコードを聴きながら1杯のコーヒーを飲む。晴れていれば、散歩に出るのも良いだろう。雨が降ってるなら、部屋に籠って粉末状のメリーゴーラウンドに乗るよ。オピオイド系も試したけど、アッパー系の方が僕には合っていたみたいだ。中枢神経の緊張と記憶を鈍化させて、自分自身を深い井戸の淵に追いやりバランスゲームをする。そして、気付いた時には自分で作り上げた渦へと落ちていくんだ。コカインは粉末結晶状のジェットエンジンだよ。極上のハイになった所で、ヘロインにバトンタッチ。母親からは決して得られなかった、包まれるような温かさと、自己の存在に苦しむことからの解放。その柔らかな着地は何ものにも代え難い、唯一無二の安心を得られる。誰かがよく言う愛なんかより、ずっと、絶対的なんだよ。だと言うのに、今、僕が手にしているのは、ヒューゴボスの黒いロングコートと、安物の腕時計と、父のクローゼットから拝借してきた拳銃だけだ。僕はこれを誰に向けて撃てばいい?これ以上、ここには居られない」
斎は糸が解けていくように、重力に逆らえず、その場にしゃがみ込んだ。
「寝ればいいだろ。そしたら、何もかも過ぎ去ってく」
彼を無理やり立たせ、ベッドルームまで縺れながら運んでやった。
「自分が今どこに居るのか分からないんだ」
「……僕もだよ、斎」
別に、それでもいいじゃないか。いつかの未来で、彼が自分自身ってやつを見つけたその時に、僕が隣に居ればいいんだから。街の真ん中でも、チャイナタウンの通りでも。
BGM : Heart of the City - Nick Lowe
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