息苦しいほどのロマンチスム - 岸辺露伴
「優しくて、残酷」
斎が言った。僕はそれに答えるように続ける。これは、ただのゲームだ。僕の求めるリアリティとはかけ離れた、正反対の位置にあるゲーム。特に決まったルールはない。いつ始めてもいいし、いつ終わってもいい。ただ、映画に出てくるセリフを言って、それに返事をするだけの。なんの生産性もない遊びだが、僕は斎の態とらしい演技を見るのが好きだった。だから、僕もこう言う。
「現実的で、現実でなく」
「恐ろしくて、滑稽」
外国の港町で海を眺めている。天気がいい。良すぎるくらいに。海面は太陽の光を反射して、輝いている。地元の漁師がもう使っていないからと、ボロくなった船を貸してくれた。木の皮で出来たバスケットにワインとサンドイッチを突っ込んで、気の向くままにオールを漕ぎだした。僕らは二人、そのボロい船に乗ってゴダールの映画に出てくる恋人たちの真似をした。
「夜のようで、昼のよう」
「月並みで、突飛」
「素晴らしき」
「気狂いピエロ!」
斎はワインを片手に叫んだ。波に揺れる船は、ワインを零して彼女の服を濡らした。その赤が血の色に似ていて美しいと思った。月並みな言葉、月並みな表現。僕の求めたリアリティは、果たしてこんなに甘い物だっただろうか。多分、きっと惚れた弱味ってヤツだ。太陽も海も風も斎には勝てないと、本気で思ってしまった辺り、僕も案外に俗人なのだ。彼女のワインに濡れた服に顔を近づけると、良い香りがして、堪らなくなる。腕の中へ閉じ込めて、柔らかい髪を堪能する。
「僕らは夢で作られ、夢は僕らから出来ている。もし、そうだったら……」
「私の運命線は短いの。ねぇ露伴、あなたどう思う?」
「どうも思わないよ。僕は運命線より、君の腰の線が気になって仕方ないんだから」
抱きしめる腕に力を入れると、斎は笑いながら体を攀じって逃げ出そうとした。
「君の腰の線」
「私の運命線」
「人生が物語とは違うだなんて、少し退屈だよな」
「ねぇ、露伴。私、月が見たいわ」
「いつだって見えるだろ。同じ月だ」
「私には一人の男と同じに思える」
斎はワインボトルを逆さまにして、海へワインをぶちまけている。赤と青が混ざって一瞬だけ紫に見えたが、海の青は絶対的な存在でもってして赤を消し去った。
「勿体ないな。そのワイン、ちょっと高かったんだぜ?」
斎が船から身を乗り出して、指先で海面をなぞる。
「見つかった!」
「何が?」
「永遠が」
「太陽と共に去った」
「海が」
「僕たちの運命から小鳥が飛び立つ」
とんだロマンチスム。普段の僕なら考えないような事ばかりで、自分が馬鹿みたいに思える。二人揃って大根役者もいい所だと、笑い飛ばした。
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