si vis pacem parabellum - 高専さしす


 スカプラリオを身に纏い、首元からロザリオをぶら下げた一人の女が、東京都立呪術高等専門学校の廊下を悠々と闊歩していた。羽柴斎はカトリックのエクソシストであり、悪魔と異教徒には暴力を奮っても構わないと思っているような敬虔なクリスチャンで、尚且つ、飲酒喫煙何でもウェルカム系のシスターだった。本来ならカトリック系の学校に進学する所を、エクソシストと呪術師の橋渡しの為に高専に入学する事が上の勝手な判断によって決まっていた。呪術師はいつだって人口不足であり、それこそ犬猿の仲である異教徒集団にだって手を借りたいレベルには手が足りていなかったのだ。
 だが、斎は異教徒を特に深い理由もなく何となく嫌っていたので、この橋渡し作戦を木端微塵にしてやろう、とほくそ笑んでいた。その口元には、先程、火を付けたばかりのアメリカンスピリットが咥えられている。上層部の連中に喧嘩を吹っかける口実が欲しかっただけ、とも言えるのだが。斎は、上層部と相見えるその時を思いながら、どんな言葉を吐き捨ててやろうかと考えていた。

塵は塵にDust to Dust。塵に過ぎないお前たちは、さっさと塵に帰れ」

 創世記にある、アダムがバカやらかした時に、神からお叱りを受けた時の言葉だ。中々いい線いってると思うが、いまいちパンチが足りない。やはり聖書から引用するのは辞めよう。愛読書であるヘルシングから引用してみるのはどうだろうか。

「今からブッ殺しに行くぜ。小便済ませたか?神様にお祈りは?部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?まあ、自殺する時間はあるかもしれないから死ねば?オススメ。みんな愛してるよ」

 マリアの賛歌は全人類の賛歌とも言うし、隣人愛を説いているのも斎的にポイントが高い。アガペーこそ最も大切な戒めだって、主も言ってたと思う。イエスかマタイかマザーテレサか、その内の誰かは言ってたんだよ。聞いた事あるから。ただ、セリフ自体はめちゃくちゃクールなのに、自分が言うとなると、どうも格好が付かないのが問題だ。ここは、引用するのを辞めて自分らしくいくべきだろう。

「自分の墓穴を掘る準備は出来たか?死に損ないのブルジョアジー共め」

 スルスルと出てきた罵詈雑言は、点数を付けるとしたら百点満点だろう。しかも花丸付きの。よし、これで行こう。そう思いながら斎は教室の扉を開けた。教室には三人の生徒が既に席に座っていた。白い髪の男、黒い髪の男、黒い髪の女。三人はそれぞれ似通った制服を着ていた。高専から支給された制服だろう。

「来るとこ間違ってんじゃねーの、シスター」

 真っ先に喧嘩を吹っかけてきたのは、白い髪の男だった。

「いや。ここで合ってるよ、ブラザー。ヴァチカンから高専に出向って形になってるからね」

 斎は心の広いシスターだから、白い髪の男を殴る事はしなかった。

「ヴァチカンって事は、ローマ・カトリック教会か」

 黒い髪の男は、そこそこ知識があるようだった。

「宗教裁判でもしに来たのか?」

 白より黒の方が腹が立った。

「うるさい異教徒め。コレだからファッキン・ジャップはダメなんだよ」

 斎は煙を吐きながら、先の短くなったアメリカンスピリットを握り潰した。

「シスターって喫煙おっけーなの?」

 三人のうち最後の一人、黒い髪の女が斎に聞いた。

「酒も煙草も喧嘩もセックスも何でもアリだよ。じゃなきゃやってらんねーもの」
「クソ尼じゃん、ウケる。私、家入硝子。アンタは?」
「羽柴斎、エクソシストだよ。Amen」

 エクソシストとは、カトリック教会の位階の一つとして存在し、日本では祓魔師と呼ばれる正式な神職の一つだ。エクソシスムを行う人を指し、主に悪魔に取り憑かれた人から悪魔を追い出して正常な状態に戻すのが仕事だ。他にも、その辺に蔓延っている悪魔のなり損ないだとかを、片っ端から物理的にブッコロ……祓っていくのもエクソシストの仕事だ。

「エクソシストって、悪魔祓いの?」
「そーだよ」
「悪魔なんて居るのかよ」
「ゴーストとデーモンの違いも分からないイエローモンキー共は、全部まとめて呪霊って呼んでるらしいね」
「イエローモンキーじゃねーよ。俺には五条悟っつー名前があんだよ」

 白い髪の男、五条悟は斎に向かって中指を立てた。

「聞いた事ないな」
「つーか、オマエも日本人だろ」
「父が日本人、母がアメリカ人。ついでにイタリア人の祖父がいる。最近まではヴァチカンに居た」
「だから出向?」
「そう。どんな手を使ったか知らないけど、どっかのジュジュツシがヴァチカン本部に泣きついたらしいよ」
「それにしても、ヴァチカンのシスターもたかが知れてるんだな。みんな君みたいに荒れてるのか?」

 この名前も知らない黒髪の男は、やたら斎に喧嘩を吹っかけてくる。いけ好かない奴だと内心で唾を吐いた。

「ジーザス・ファッキン・クライスト!私が荒れてるだって?こんな敬虔な信者は他には居ないってのに、よくそんな事が言えるな。罰が当たるぞ、ファッキン・ジャップ」
「夏油傑だ。きちんと自己紹介しなかった私も悪いが、そのファッキン・ジャップっていうの辞めてくれないか。クソ尼」

 橋渡し作戦を木端微塵にするまでもなく、もう既に橋は崩壊していると言ってもいいだろう。夏油がクソ尼と言った事が、五条のツボに入ったのか机を叩きながら笑っている。斎はヴァチカンで散々、世話になった師匠であり神父のファーザー・クリスマスの言葉を思い出した。

『暴力を奮っていい相手は、クソ化物共フリークスと異教徒共だけだ』

 斎から見た夏油は立派な異教徒だ。
殴っていいよな、うん。立ち上がり夏油を殴ろうとした時、教室の扉が開いた。グラサンかけたイカつい兄ちゃんがアタッシュケースを持って、教室に入ってきた。ジャパンのヤクザだ。コミックで何度も見た、マジモンのヤクザが斎達の前に居る。

「今日からお前たちの担任になった。夜蛾正道だ。羽柴斎、君にヴァチカンから荷物を預かっている」

 夜蛾から渡されたアタッシュケースには、斎がヴァチカンで使用していた仕事道具と黒いコートが入っていた。スカプラリオの上にコートを着込み、到着したばかりの仕事道具を一つ一つ確認しながら身に付けていく。そして、一番最後に手にしたのは斎の自慢の相棒、対悪魔戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』だ。

「やっと会えたね、相棒」
「ゴッツイ拳銃、持ってんのな」

 五条が青い目を輝かせながら、斎の相棒を見つめる。日本では拳銃をメインに戦う呪術師が少なく、珍しいのだろう。

「全長39cm、重量16kg、装弾数6発。銃弾もこれ専用に作ってある。13mm炸裂徹鋼弾だ」
「なんかスゲー」
「凄いに決まってるでしょ。人間用じゃないんだから」
「……人間用もあんの?」
「まぁね。たまに使うよ。腹立つクソッタレに喧嘩売られた時とかね。君らも気をつけた方がいい。私を怒らせるとドラゴンが火を吹くぜ」

 斎の言葉を聞いて、五条と夏油がハンズアップした。別に今すぐ殺すなんて言っていないのに。

「準備が出来たみたいだな。今から四人で呪霊討伐に向かう。心してかかれ」

 夜蛾の言葉を合図に四人は教室を出た。斎は三人に聞こえるように言う。

命令オーダー唯一つオンリーワン見敵必殺サーチ・アンド・デストロイ見敵必殺サーチ・アンド・デストロイだ。地獄でワルツを踊る時間だぜ」

 これから向かうのは戦場だ。人間と呪霊の、命をかけた戦争に、斎達は参加するのだ。銃火を持って戦争を始める者に、人間も非人間もあるものかと、斎は思う。こちらが何もせずとも、敵は勝手にやって来る。殺し、打ち倒し、朽ち果てさせる為に。殺されに、打ち倒されに、朽ち果たされる為に。それが全てだ。闘争の契約だ。悪魔共は自らの弱いカードに、自らの全てを懸けた。そういう事だ。殺さなければならない。それを違える事は出来ない。誰にも出来ない唯一の理だ。神も悪魔も呪いも、そして私たちも。



si vis pacem, parabellum.
汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。


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