楽園の君 - 英はじめ
私の幼なじみは体が弱かった。あまりに脆いのだから、見ていてドキドキしたのを、よく覚えている。夏は暑さにやられて、クーラーのよく効いた少し肌寒い病室で、ベッドに沈みながら窓の外をぼうっと眺めていた。きっと、普通の子と同じように外へ出て遊びたかったんだろう。私は病室を飛び出して、走って家へ帰った。外に出られないなら、外を病室に持ってくればいい。庭にある物置小屋から虫取り網とカゴを引っ付かみ、クワガタやらカブトやらを捕まえて彼女に見せてやった。
「はじめちゃんは虫取りの天才ね」
「まあね!」
「んふふ、虫取り天才はじめちゃん」
彼女は私のことをそう呼んだ。それから、夏休みの間はずっと彼女と一緒にいた。病院から少し歩いた所にある神社で夏祭りがあった。勿論、彼女は行けない。私は貯金箱を逆さまにして、全財産をつぎ込んで夏祭りを買ったのだ。千円にも満たないそれは、確かに、私と彼女だけの夏祭りだった。窓の外から花火が見える。赤や黄色の光が彼女の横顔を綺麗に照らしていたのを、今でも鮮明に思い出せる。この時間が永遠に続けばいいと、本気で思っていた。外へ出なくたっていいじゃないか。ここなら、この病室なら、ずっと二人きりで過ごせるのだから。医者の目を盗んで二人でかき氷を食べたり、タライに水を張って水遊びをしたり、病室は私と彼女の特別な楽園だった。私は彼女と一緒にいる時間が好きだったし、きっと彼女の方もそうだったはずだ。
「ねえ、はじめちゃん」
「なんだい?」
「いつか、病気が治ったら二人で色んな所へ行こうね」
「……治してあげるよ」
「はじめちゃんが?」
「そう。痛くないし、苦しくない。すぐに楽になれるよう頑張るから」
「うん」
「だから、その時まで待っていて」
「約束ね」
「うん。約束だ」
夏休みの最終日、私はいつものように楽園へと足を運んだ。リノリウムの床はアルコール消毒をしたのだろう、歩く度にキュキュと音が鳴った。角を曲がり一番奥の部屋。121と書かれたラベルは、糊が効かなくなっているのか、今にも剥がれそうだった。
「おはよう」
私の声が響くばかりだった。ベッドを覗き込むと、彼女は顔を真っ青にして震えていた。
「はじめちゃん…?」
「そうだよ」
「寒いの。すごく、寒いの」
私は彼女の細く白い手を握った。簡単に折れてしまいそうな、人形のようなそれ。いくつものチューブが彼女の腕に伸びており、それが今の彼女を生かしている。そのことに気付いた私は、言いようのない思いを感じた。なぜ、私ではないんだろう。彼女を生かせるのは、私だけでいいのに。不規則なテンポで楽園に響く機械音は、私を追い込むように、そして、どこか焦らすように鳴っている。私は機械の電源を落とした。彼女の腕から伸びているチューブを外した。
「はじめちゃん」
「うん」
「大好きよ」
「すぐに楽になれるからね」
私の手の中には、彼女の小さな手が収まっている。この手と同じように、私は、彼女の命を握っていた。
「その心臓で愛すること、叶わなくとも」
なあ、そうだろう?エーテルの底に沈んた、楽園の君よ。
BGM : osterreich - 楽園の君
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