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※性行為の描写があります



 ニコラスはシーツの海にダイブした。肌に触れる少し冷たい感覚が気持ちいい。仰向けになって、セドリックを見上げた。スポーツ選手らしく筋肉のついた身体は、程よく日焼けしている。肉体は熱く、欲望は激る。ニコラスの身体は、セドリックのとは違い、どこを触れても薄皮一枚の下に骨の感触があった。身体を重ねるが、合間の眼差しが空虚なのはトランス状態だからなのか。肝心な所は終始、覚めて、それでもニコラスの吐く息は熱かった。美しい、ふたり。シーツに散らばる倦怠は愛の舞台だ。ここだけが自分の居場所のように思える。まるで天国。こっちに来て、もっと踊ろう。セドリックが見るのはニコラスだけ、ニコラスが見るのも、またセドリックだけ。それだけでいい。見たいのは、お互いの身体だけ。自分の身体の全て、隙間なく、全てが、ぴったりとくっついている。べたつく髪、べたつく肌、べたつく唇。ぼくが欲しいのは、きみだけ。白いシーツでできた美しいダンスフロアで踊る、美しい少年たち。まるで娼婦のよう。容易く食べられてしまう。セドリックは喉が渇き、ニコラスはお腹が空く。もう、どうなったって構わない。これが、ぼくらだ。破滅に身を任せ、夜を楽しく生きる。時代遅れの世間体から身を隠し、二人だけが孤立する。身体が重なり一つになっても、遠くから触れ合っているような感覚がする。だから、より深く相手を求める。シーツの波が踊る。言葉は、いらない。サウンドだけでいい。愛とビートをシンクロさせて、二人は踊り続ける。ニコラスの自信たっぷりで、どこか野卑で美しい顔に狼狽が浮かぶほど、セドリックの果てた後の倦怠には恐ろしい魅力があった。ニコラスはこの瞬間を永遠にフィルムに収めたいと思った。

 セドリックの、すべての傷心や秘密は、ぼくのものだ。きみの映画を撮りたい。そうなったらいいのに。

 先に目が覚めたのはニコラスの方だった。寝息を立てているセドリックを起こさないよう、ゆっくり起き上がった。ニコラスは目を閉じて、昨日の夜のことを思い出していた。吐く息も、身体も、指先ですらも熱かった。熱病に侵されたような、いっそ暴力といっても過言ではないほどの快楽と、今は眠っているセドリックの穏やかな寝顔と、あの気だるげな表情とのギャップが、胸の奥を掴まれるような、目の覚めるような感覚としてニコラスを襲った。ニコラスの前で寝顔を晒すセドリックには、無防備さと信頼、そして肯定という愛の本質があるように思えた。ニコラスにとって、セドリックは愛という抽象的なものの本質を確固たる存在にする唯一であり、そして、それは救済だった。差別や暴力といった様々な悪意は、未来と新たな世代に偏見と軋轢しか残さないということは歴史が証明しているが、愚かにも歴史は繰り返される。どれだけ科学が発達し、文明が洗練されたとしても、人間は他者や先人の残した知恵と記憶を完璧に引き継ぐことはできないからだ。無知と未熟さから、人は過ちを繰り返し、悲しみ、悪意と暴力は繰り返され続けていく。だからこそ、救済の物語も語り直す必要がある。例え、それが無力だと分かっていても、かつて信じられていた物語を語り直すことは、いつの時代もニコラスを初めとする若者たちには必要なことなのだ。
 ニコラスはセドリックの寝顔を目の奥に焼き付けるように見つめたあと、ベッドから抜け出してシャワールームへ向かった。生ぬるい湯に浸かりながら、ニコラスは頭に浮かんでくる言葉を拾い、それを詩にしていった。

 ぼくの肉体の苦悩を想像してくれ
 欲望のうちに きみはぼくを慰める
 ぼくはきみの体を抱き 横たわって眠る
 きみの痛みを感じながら
 きみの無言の嘆きに涙しながら

 ニコラス以外の人間には、この気持ちは理解できないだろう。ニコラスはセドリックとの関係で、初めてセックスが介在した。それほどまでにセドリックのことを愛している。だが、いつも虚しい気分になるのは、なぜなのだろうか。この感情は心痛では平凡すぎる。しかし、憂鬱では重すぎる。きっと、悲嘆が一番、近いのかもしれないと思った。ニコラスは温い湯に顔を沈めて叫んだ。ゴポゴポと音を立てて気泡が弾けては消えていく。ニコラスの背骨が小さな山を作って湯船に浮かんでいる。いつから起きていたのか、セドリックがニコラスの背中に浮き出た小さな山を指先でなぞった。驚いたニコラスは勢いよく顔を上げた。

「一瞬、死んでるのかと思ったよ」
「きみを置いて死ぬのも悪くないかもね」
「魔法界のロミオとジュリエット?」
「シド・アンド・ナンシーさ」

 セドリックが湯船に浸かったことによって、湯が溢れて流れていく。それを眺めながら、ニコラスはセドリックに身体を預けた。

「ホグワーツを卒業したら旅に出たい。ランボーみたいにアフリカへ行くんだ。そのあと密航してガタールへ。たくさんアヘンを吸って、褐色の肌の神秘的な男を拾い、二十歳までに最高の詩を書く。それで、すべて終わり。ぼくの人生は、どれだけ長くとも二十歳で終わる」
「僕は、君とイタリアへ行ったあと……そうだな、君の旅に同行するよ。アフリカの酒場で、たくさん酒を飲んで酔いつぶれる。君はアヘンでおかしくなってるから僕を介抱できず、美しい男の死体が二つ、部屋に転がってる。神秘的な男はパニックを起こすし、地元の警察は役に立たない」
「悲惨で馬鹿みたいな最期だ」

 ニコラスはアフリカにあるモーテルの一室を想像して笑った。朝日を浴びた自分たちの死体は、きっと世界で一番うつくしい死体になるだろうと思った。例え、それが悲惨で馬鹿みたいな最期であったとしても。それが人生だ。悲惨で笑える、どうしようもない人生だ。人間は中途半端な死体として生まれてきて、一生かかって完全な死体になる。これでおしまいさ、ソロモン・グランディ。二人で湯船に浸かりながら、一枚だけ写真を撮った。ニコラスは、そこに『限りなく完璧に近い日』と書き加えた。一生を捧げてもいいと思える相手と未来を夢見ることは、それは何よりも素晴らしいことだと思ったからだ。あとは、その夢を叶えるだけ。



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