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代表選手が入場し、オーケストラが美しいメロディを奏でる。色鮮やかなドレスがターンの度に花を開かせる。代表選手に続いて、ニコラスとルーナも他の生徒たちに混じって手を取りあった。オーケストラによる演奏が終わり、生徒たちは一度、会場の端へ捌けた。誰もがザ・ウィアード・シスターズの演奏を心待ちにしているようだった。レディオヘッドやパルプでは、絶対に、お目にかかれないパンク風の衣装をまとったメンバーが、堂々とした足取りでステージへ上がった。
「アレ、あンたの新しい恋人?」
「一晩だけの恋人だっだ。それでも、彼はとても美しくて、とても素晴らしい人だよ」
ザ・ウィアード・シスターズはロックにおける男根主義を完全に否定し、リリシズムとユーモア、思春期特有の情動、嫉妬、苦悩、それらを三分間のポップソングに昇華した、どこまでも青臭い文学的ロックバンドだ。マグル界でいうならばモリッシー率いるザ・スミスが一番、似ているのかもしれない。レディオヘッドもパルプも、ザ・スミスと同じポスト・パンク系であることを加味すれば、必然的にザ・ウィアード・シスターズもポスト・パンクと言ってもいいだろう。ボーカルのマイロンの紡ぎだす詩的な世界に心酔し「遅すぎた思春期」を過ごす熱狂的なファンは多い。彼らが売れたのは、そもそも対立するようなアーティストが魔法界の中には他にいなかったから、というのもあるかもしれないが。それでも熱病に侵されているかのような盛り上がりにニコラスは少し驚いた。魔法使いだろうがマグルだろうが、ティーンエイジャーが肌で感じることは同じなのかもしれない。政府や権力に対し、闇の勢力に対し、抑圧された若者たちの精神力が弾け、やがて、それは反骨精神――つまり、パンクに結びつく。ザ・ウィアード・シスターズは奇を衒った楽器構成をしているわけではなく、個人の得意なものを寄せ集めた、言ってしまえば「雑多なバンド」であることが読み取れる。音楽の魔法という言葉はマグルでも、よく見聞きすることはあるが、雑多ながらも(言い方を変えれば節操のない)シンプルで一貫した美意識のある音楽性を持ったバンド、ザ・ウィアード・シスターズは、彼ら自身が持つパッションを魔法のエネルギー源とし、世の中にその魔法を、感情を伝えた魔法界で最初のバンドではないだろうか。低迷の一言で片付けられる魔法界の音楽を尻目に、瞬く間にスターダムを駆け上っていった。魔法使いにとっての杖が、彼らにとっての楽器であり、ファンは彼らのみが使える魔法、はち切れそうな想いを世界で共有し合っている。彼らが若くして成功したのには、対抗馬――それこそオアシス対ブラーのような関係――が居なかっただけではなく、彼らの作り上げる世界観が、九十年代のクール・ブリタニアを背負わされている若者たちと共有できているところにあるだろう。若者たちの共感を得る音楽性と、ジャンルに囚われない柔軟性、それに加えて、やりたいことをやる――やりたくないことは、やらない――パンク(反骨)精神は、まさに魔法界のザ・スミスのようだった。
「We are gonna teach you a brand new dance tonight ! 」
ボーカルのマイロンの叫びと共に、ザ・ウィアード・シスターズのアンセムである、Do The Hippogriffが爆発する。まるで、イギリスのパンク・ロック・シーンにおける初めてのアルバムとされているザ・ダムドの『地獄に堕ちた野郎ども』を再現するかのようなセットリストに、会場は大盛り上がりだった。最前列に居るダームストラングの生徒たちは、マイロンを崇拝するかのように、ヒッポグリフと掛けたのだろう、何度もお辞儀を繰り返していた。マグルでは、それをヘッドバンギングと呼んでいるが、彼らはそれを知らないだろう。マグルだろうと魔法界だろうと、結局は同じティーンエイジャーにすぎないのだ。マイロンはMagic worksの歌詞の中で「魔法」を「世の中に溢れる全ての素晴らしい事象」だと捉えている。音楽を通じてロックの精神を悟り、現実と魔法界を繋いでいるのだ。ニコラスとルーナも後ろの方で、その熱に当てられていた。最後にザ・ウィアード・シスターズはThis Is the Nightを持ってきた。パルプのMy Legendary Girlfriendを彷彿とさせるようなテンポのいいディスコで再び観客に火をつけたまま、彼らは会場を去った。まるで放火魔のような人たちだとニコラスは思った。とっくの昔に酔いは覚めていた。それでも時折、自分に向けられる熱い目線が、ニコラスの身体を火照らせた。ルーナを寮まで送り届ける間、ニコラスは胸の中に鳴り響くメロディに合わせて、ルーナと手を繋ぎながらレイブンクロー塔を駆け上がった。
「こンなにキラキラした夜は初めて」
「ぼくも、とても楽しかったよ。きみが居てくれたからだ」
「あンた今みたいに、ずっと素直で居ればいいのに。その方が良いよ」
「……そうなれば、ぼくは、ぼくじゃなくなる」
ニコラスはルーナに苦笑いを残してレイブンクロー寮を降りていった。階段の途中で、セドリックとチョウに出くわした。何も言わないニコラスとセドリックに気を使ってか、チョウは二人を残して階段を上っていく。彼女の背中が完全に見えなくなるまで、ニコラスとセドリックは示し合わせたかのように薄汚い階段を見つめていた。次第に誰の足音もしなくなり、先に動いたのはセドリックの方だった。ニコラスを壁に押し付けて、キスをしながら胸元のリボンを解いた。ニコラスはセドリックの項を撫でながら、キスの雨を受け入れた。セドリックはニコラスの首元から鎖骨にかけて、いくつかの跡を残していく。階下から人の話し声が聞こえてくる。
「場所を変えよう」
ニコラスはセドリックの手を取って、階段を走りながら降りていく。縺れる足も気にせず、どんどんスピードを上げた。レイブンクロー塔を抜け、二人は八階の廊下を目指した。虫食いだらけのトロールとバーナバスの絵のかかった石壁の前を三回行き来すると扉が現れる。必要の部屋と呼ばれている場所だ。部屋には大きなベッドが一つ置いてあった。仕切りのように背の高い本棚が、いくつか並べられており、奥にはバスタブの周りにキャンドルがいくつか並んだシャワールームがあった。ニコラスは指先で本の背表紙を撫でながら歩いた。指先に触れるビート・ジェネレーション作家たちは少しかさついていた。
挑発的な姿勢を貫いた、時代の異端者たち。宗教、ドラッグ、そして性――彼らが、これらを主題に据えていたのは、時代への、既存の価値観への不信感があったからだ。魔法界でも同じことが数十年、遅れてやってきた。ニコラスは彼らに倣い、文学革命を起こしてやった。どこまでも支配的な魔法界のモダニズム的秩序からの抑圧に反発し、内なる自我を無制限に解放することを目指す。そのための『グレイの肌』だった。だからこそニコラスの生活や思想を色濃く表している。故に、ゴシップが付きまとう。どんな世代だろうと、そうやって世界は作られてきたのだ。麻薬中毒者の妄言のようにも思われる文章は「清潔」で「合理的」な社会の抑圧に耐えかねたニコラスの魂の叫びに他ならない。ただ快楽に溺れ堕落しているだけの生活に思われるが、そのような態度を示すことで、本来、人間がどのような生き物であったかを、まざまざと浮き彫りにしている。ニコラスは、人間らしさとは何かを、人が人を愛することを信じる心を、飾ることなく伝えている。時代を挑発するようなニコラスの行いは、批判も多くある。だがファンやフォロワーを生んでいるのも事実だ。新聞に取り上げられる程には社会的運動となっている。破壊的で破滅的なニコラスの生き様は、どちらかというと「お行儀のいい」ものではないかもしれない。それでも古い固定観念を打ち崩し、新たな価値観、新たな世界観を提供するきっかけにも、間違いなくなっている。とびきりハイな日々を過ごしているニコラスから、鬱屈とした日々を過ごしている世代の若者たちに向けての、とっておきのプレゼントだ。
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