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クリスマスが去り、年が明けた。セドリックは第二の課題をこなすための呪文の練習に、ニコラスは今まで以上に「創作」に耽った。寝室で、図書室で、空き教室で、シャワールームで。ニコラスの創作に付き合う男は、一人残らずニコラスに夢中になった。そういう相手が望むものは、ニコラスが相手に見せていない場所へ行くことだった。セドリックはニコラスがベッドや椅子や段差に腰掛け、自分の友人がニコラスのベルトに手を伸ばすのを何も言わずに眺めていた。ニコラスが相手に意地悪なことを言うのを知っていたからだ。
「きみはラッキーだね。セドリックは、きみの友達で、きみを誇りに思ってる。そこに居る、きみの有名な友達だけど、ぼくは、きみより先に尽くしてあげたよ」
ニコラスが快楽主義者で性的に奔放なのはセドリックと出会う前からだったし、今更、何か言ったところで変わることはない。それにセドリックには、他の人が一生かかっても持ちうることのない忍耐と沈黙を兼ね備えた男だった。だから、ニコラスが毎日のように必要の部屋でパーティをしていようと、別に構わなかった。例えニコラスが、いくら寄り道をしても、結局、最後は自分の元に帰ってくることを分かっていたからだ。芸術気取りの、このパーティは、トランスミッション・パーティと呼ばれ、そこに参加する連中は男も女も関係なく交わり、触れ合い、トリップした。トランスミッション。クリスマス休暇中にニコラスが大量に取り寄せたレコードの中から名付けられた。ニコラスの故郷でもあるマンチェスターから伝説になったバンド、ジョイ・ディヴィジョン。その中でも最高傑作と言われる一曲がトランスミッションだ。誰かがレコードに針を落とし、独特なベースラインが心臓を叩き始めた。
「ハレルヤ!ジョイ・ディヴィジョン!ハレルヤ!」
ファクトリー・レコードがマンチェスターで経営しているクラブ、ハシエンダから始まったとされるマッドチェスター・ムーヴメントが、アシッド・ハウスが、レイヴが、トランスミッション・パーティという名前で魔法界に火花を散らした。
Radio, live transmission
( ラジオ 生放送 )
Radio, live transmission
( ラジオ 生放送 )
Listen to the silence,
( 沈黙に耳を傾け )
let it ring on
( ひびかせよう )
Eyes, dark grey lenses
( 見えない瞳が )
frightened of the sun...
( 太陽を恐れている…… )
セックス、ドラッグ、ロックン・ロールの三拍子に身体を浸らせながらも、ニコラスは頭の中に浮かんだ言葉たちを紙に書き起すことを辞めなかった。ニコラス・マッキントッシュの二作目『ストロベリーズ・ハイ』は、前作『グレイの肌』同様に同性愛について書かれているが、より繊細な文章構成で成り立っており、評価も――前作の評価は決して正しいものではなかった。何せデビュー作であり、魔法界からすれば非常にショッキングな内容でもあったからだ。そして、それは注目度の裏返しでもあるわけで、そういった批評やブーイングは多くの先人達と同じように、ニコラスにとっても栄光を手にするまでの、ほんのちょっとした通過儀礼の一つでしかなかった――高かった。ニコラスは今作では大胆にも主人公を女性にした。ニコラスにとって性別など、取るに足らないことであったが、そうでない人間も多くいる。この同性愛者の女性を通して読者に「人生を無駄に過ごしたり、やりたくもないことをやっている暇なんてないはずだ。そうだろ?」と問いかけている。やりたいことをして生きる。それは難しいことだと誰もが思うが「簡単だと信じれば、やりたくもないことをやって生きるよりも、簡単になる」と続く。ただ「信じることが正しい」という答えになっているわけではない。簡単だと頭では分かっていても、現実とのギャップに悩む主人公に読者との共感を持たせた。とくに、その共感は長らく家名に花を添えるだけの存在として扱われてきた魔女たちに響いたらしい。虐げられ続けた彼女たちが声を上げるきっかけをニコラスが作った。血でもって書き、インクを流す革命の始まりだった。新鮮なイチゴも何れは腐る。どうせ腐るなら最高にハイな方が良いに決まっている。いっそ開き直ったとも言える、明らかにターゲットを絞った作品だが、受け入れられる声が多かったのは時代が変わりつつあるからなのかもしれない。勿論、批判もあったが、それは家父長制を重んじる男らしい男たちの危機感や焦燥感から来るものであり、魔女たちは鼻で笑って飛ばした。前作『グレイの肌』が二年前に公開された『バッド・チューニング』――群像劇のようにシーンを繋げ合わせた青春映画だ――の同性愛者版だとすれば、今作『ストロベリーズ・ハイ』は、よりバラエティ豊かで明確な一本のストーリーがある、女性版『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』のような長編大作とでもいうべきだろうか。そこにはニコラスの作家としての大き過ぎるエゴも見え隠れするが、名実共にニコラス・マッキントッシュという人間をスターに押し上げた今作『ストロベリーズ・ハイ』は、ストーリー全体を包む高揚感と完成度の高さが伺える。間違いなくニコラスの作品が本物であることを物語っていた。
ニコラスが二作目で忙しくしていた頃、ホグワーツでは第二の課題が行われた。当日、ニコラスや他の生徒が何人か、校長室に集められた。メンバーの顔ぶれと、水に関する課題のヒントから何となく予想がついたニコラスは、ため息を吐いた。校長は生徒たち一人一人と目を合わせながら、第二の課題について説明した。
「これを言うと、ぼくが、すごく嫌な奴に見えるかもしれないんだけど」
「もう、じゅうぶん嫌な奴でしょう?」
チョウはニコラスにライバル意識を持っているのか、刺々しい雰囲気を隠しもせず言った。
「そうだよ。ぼくは嫌な奴で、しかも意地悪なんだ。だからハッキリ言える。ぼくは辞退するよ。チョウが、ぼくの代わりに死んでくれます。ぼくは水と相性が悪いんだ」
「どういうこと?」
「溺死はオススメしない。失敗しちゃったんだ。ただ苦しいだけで死ねなかった。ぼくも、セドリックもね。お陰で課題のヒントを得たよ」
そう言い残してニコラスは自室へ向かった。部屋に篭もり、タイプライターと向き合う。口に煙草を咥えながら、頭の中にある言葉が逃げないうちに勢いにのせてタイプしていく。この作業が一番、退屈だ。ジンの瓶を引っ張り出してグラスに注ぐ。アルコールとニコチンが今のニコラスにとってのガソリンだった。完成した頃には瓶の中身は空になったが、ニコラスの意識は、はっきりしていた。紙の束をまとめて出版社に送るため、フクロウ小屋へ向かった。二月半ばの夜、細い月の明かりだけを頼りに石畳の廊下を抜けた。カーディガンか何かを羽織ってくるべきだったかもしれないと思った。ワイシャツのボタンは、いつ外したのだろう、自分でも気付かないうちに、ほとんど止まっていなかった。ボタンを止めるのが億劫で、そのままに、目が合ったフクロウを呼び、脚に紙の束を括りつけた。早ければ明日の夕刊か明後日の朝刊辺りで、また特集記事が載るだろう。
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