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ニコラスは真っ直ぐ部屋に戻るのも馬鹿らしいと思い、意味もなく、ひたすら階段を登り続けていた。途中から、何となく面白くなって、だんだんハイになって、気付いたときには、いつの間にか校長室の近くまで来ていた。ニコラスはアルバス・ダンブルドアという男が苦手だった。頭は冴えていても酔っていることには違いない。アルコールの勢いで身体を動かすとロクなことにならない。校長室に続く扉が勝手に開いたときには、逃げるタイミングを失っていた。ゴシック様式とロマネスク様式が混在する趣味の悪い古臭い部屋へ、嫌々ながら足を踏み入れた。
「良い夜じゃ……実に良い夜じゃ。そうは思わんかの?」
窓から月を見上げたダンブルドアは、ニコラスに振り向きながら言った。ニコラスは彼の了解を得ることなく席についた。勝手知ったる、というふうにシャンパン・クーラーに入ったクリスタルのボトルを持ち上げグラスに注いだ。
「シャンパンがなかったら、冗談でも良い夜とは言えなかったね」
ソファに脚を投げ出して、半分、寝転ぶような形でグラスを煽った。ニコラスは立て続けに杯を重ねた。シラフで、この男と会話ができるとは到底、思えなかったからだ。口元から零れたシャンパンが、ニコラスの顎を伝い、首筋を伝い、最後は腹にまで達した。ワイシャツのボタンは一つも留まっていない。ダンブルドアの話など耳に入っていないかのように、タバコに火をつけて白い煙を吐き出した。ニコラスが、いくら不遜な態度を取ろうとも、それを咎めない辺りが気に入らない。ダンブルドアの、こういう所が何故かニコラスは無性に腹立たしく思えて、小さく舌打ちをした。今更、礼儀も何もなかったが、ニコラスは一応、シャンパンのボトルを手に取り小さく掲げたが、ダンブルドアそれを拒否した。
「禁酒中でな。この歳になると、どうも朝が辛い」
「酒も煙草もドラッグもセックスも楽しめないんじゃ、生きてる意味なんてないよ。ぼくは死ぬまでパーティしてたい」
「あんまり年寄りを虐めんでくれ。ところで、創作は上手くいっておるのかの?」
「まあね。今日も長編を一本、書き上げたところだよ」
「また楽しみが増えた。一作目『グレイの肌』じゃったか、あれも素晴らしかった」
「あなたの時代じゃ考えられなかったくらい?ぼくって、そんなに、あなたの元彼に似てる?グリンデルバルドだっけ。ぼくは政治には興味ないけど、社会運動なら参加する。でも、それは虐げられたすべての人々のためだ。愛と自由のためであって、トム・リドルみたいに誰かを恐怖で縛るためじゃない。ぼくはニコラス・マッキントッシュ。魔法界初のビート・ジェネレーション作家として名前を残す人間だ。ぼくは、嫌なことに、あなたと同じで愛を信じてる。愛を信じることを信仰してる」
ニコラスは知っていた。自分を通して、ダンブルドアが過去を見ていることを。ニコラスが闇に染まっているのではないか、と疑っていることを。なんて馬鹿らしいのだろう。ニコラスは愛を信仰し、自由を謳歌し、美しいものと共に生きている。今までも、これからも。にも関わらず、ダンブルドアは、それを見ようとしない。ダンブルドアの過去は、ニコラスの過去でも現在でもないのに。ニコラスの、ありのままの姿を見ているのはセドリックだけだった。ぼくが何かを愛したとき、それは永遠に、ぼくのものになる。それは突き放しても弧を描いて、ぼくの元に戻ってくる。ぼくの一部となり……最後には、ぼくを破滅させる。セドリックはニコラスを破滅させるのだろうか。そうなったらいいと思った。
「あなたも回想録なんかを書いてみるといいよ。ダンブルドアの秘密、とかさ。チープで、いかにもって感じのヤツ。それとも、自分で作り上げたダンブルドアって虚像を破壊するのは気が引ける?あなたは臆病だもんね。臆病なクセにグリンデルバルドの、トム・リドルの、そしてハリー・ポッターの陰に隠れて、やりたい放題してる。陰険な偽善者で、嘘つきそのもの」
ニコラスは突き放すように言って、ダンブルドアの顔に紫煙を吹きかけた。その煙草の香りはダンブルドアが若かった頃の思い出の香りと何一つ遜色なく、嫌でも、あの男との誓いを思い出させた。ニコラスのように偽らずに生きていければ、どれほど良かったか。だが、それを言葉にしてニコラスに伝えたところで意味がないことも理解している。
「今夜は、いつに増しても辛辣じゃの。作家が自分の虚像の中で死ぬのは、むしろ幸福なことじゃろうて」
ダンブルドアは煙に少し噎せながら言った。
「確かに、浪費された才能は官能的かもね。ぼくみたいに。でも、あなたは作家じゃない。ぼくが言わなくちゃいけないことを言うのは、あなたも知ってるでしょ?なんなら、もっと言ってあげようか?あなたは、いつだって誰かを犠牲にして生き残ってきたんだ。違う?」
「……儂は自分の人生に満足しておるよ。例え、後悔があろうともな」
「ふぅん。ま、なんでもいいや。とにかく、さ。過去の自分と向き合ってよ。そうすれば、満ち足りた死を迎えられるし、ぼくが、あなたの過去や……後悔でないと……分かってもらえるはずだから……さ…………」
ニコラスは高速で回転する頭脳から導き出した結論を欠伸混じりに言ったあと、意識を手放した。執筆による疲労とジンとシャンパンが思いのほか効いた。手から滑り落ちたシャンパングラスは、床にぶつかる直前で一時停止したかと思うと、ひとりでにテーブルの上へ鎮座した。暖炉の火が爆ぜる音が響く他に、音はなかった。
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