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第三の課題が始まる六月までの約三ヶ月半、ニコラスはほとんど学校に居なかった。新作『ストロベリーズ・ハイ』の発売に合わせて、どこぞの誰かが主催したパーティやら、書店での読書会やサイン会といった催しが英国魔法界に留まらず、一作目『グレイの肌』を、どこよりも早く出版したフランスやロシアなど、世界各地で行われていたからだ。新作では登場人物のほとんどを女性にしたことで、魔女たちのウケが良かったのか、通りを歩くだけで人に囲まれた。ニコラスの本のおかげで、声を上げる勇気を持てたという魔女が、ニコラスが想像する以上に居たのは驚きだった。ニコラスにとってのザ・キュアーやジョイ・ディヴィジョン、デヴィッド・ボウイが、彼女たちにとってのニコラスだった。救済は、やがて社会運動となった。そして、矢張りというか批評家のトーマス・ベイカーは、またしてもニコラスの作品を見下し、蔑み、嫌悪したのだが、それに対してニコラスは「だったら読まなきゃいいじゃん。ぼくの作風についてなら、彼は一作目を読んで分かってたはずでしょ?なのに彼は、ぼくの新作を懲りずに読んで、批判してる。他人の名前で有名になるのはラクでいいね」と痛烈に返したのみに終わった。ニコラス・マッキントッシュの書く物語に、誰もが熱狂した。中には聖28一族の純血の一族の中にもファンが居るほどだ。フランスでベッドを共にした相手は、ロシアで目覚めると消えていなくなっている。外の景色を見たくなくなり、気づけば飛行機の中で自分について書かれた記事を眺めている。有名になってるよ、残念だね。手に入れた名声も、所詮は息抜き程度でしかない。既存の価値観だとか、忌まわしい風習だとか、何かを変えたのかもしれない。何かを、言語化できない何かを変えたいと思っていることもあった。でも、それは、もっと身近なことのようにも思える。手の届く範囲で、セドリックの隣で、こと足りたのではないかと疑問を持つようになった。それでも大勢の人に囲まれると、もっと見て、目を離さないで欲しいと、傲慢にもニコラスの作品を、そしてニコラス自身を愛するべきだとすら感じる。流行のファッションを取り入れて、マルフォイ一家みたいに堂々としちゃって、会場ではパーティー用のバッグを見せびらかして、いい気分に浸っている。顔はきれいだけど、それ以上言うことはないってさ。笑えるよね。中には「きみ、有名だよね。友達になろうよ。何か一緒にすごいものを作るんだ。『ストロベリーズ・ハイ』みたいに、もっと、やりたいことをやってみようよ」なんて声をかけてくる人もいた。あー、残念。有名になるって退屈だ。ニコラスが一番、嫌っていることだ。会場の舞台の上に立って言うことは、いつも同じ。マイクを持って『ぼくらは今まで許容してきた世界を否定するためにここにいる』と言う。新聞の見出しに使われた。ニコラスが桃を使うように、世間はニコラスの言葉を使う。そこに違いがあるとすれば、桃を食べてくれる相手が居るか居ないかだけだ。一番イカれたパーティ会場だと思った。水着姿の女たちが巨大なカクテルグラスの中でシャンパンを浴びている。バスタブの中で男がマスクを被り笑気ガス
吸っている。ニコラスは、その男に赤ワインを頭の上からかけてやった。あぁ、そうだ。シラフのくせに幸せだなんて言うヤツは嘘つき野郎だ。プールで泳ぐ裸の男女たち。頭蓋骨を盆にのせて運ぶウェートレス。いくつかのベッドが並び、その上でラリってる連中。澄みきった空の星。黄色い星たち。そして、まるで肉体に襲いかかる死の恐怖。呼吸が中断し、血行が停止する。ニコラスは、うとうと微睡みながら、自分が完璧な死体となるのを想像した。ニコラスはホグワーツでのトランスミッション・パーティを思い出しながら「ハレルヤ、ジョイ・ディヴィジョン、ハレルヤ」と呟き、眠りに落ちた。
一番最後の会場はホグズミード村だった。ホグワーツの解放日と合わせての日程となっていた。全てが終わったあとのニコラスは疲れ果てていた。ニコラスを引き止めるたくさんの声を背に、叫びの屋敷へ向かった。猫足のついたバスタブに寝転び空を見上げていた。陽が落ちて星が光っている。黄色い星たちは、セドリックを思い出す。どの星も彼のために、彼の全てを照らすために輝いている。何もかもが黄色く輝いている。ニコラスは張り詰めていた息を吐きだした。ようやく帰ってきたのだ。始まりの場所に。セドリックのために詩を書こう、彼の全てに捧げるための詩を。タイトルはイエロー。彼を表す特別な色だ。素敵な瞬間を全て詰め込んで、全てが黄色く輝いている。セドリックの肌や骨の形を星空に描いていく。その星空を泳ぎ、彼に会うため境界線を飛び越えていく。目指すべき場所は黄色く輝いている、あの場所だ。セドリックが目印となっている。ニコラスはセドリックのためなら死んでもいい。それほど彼を愛しているのだ。ニコラスは夜空に手を伸ばして言った。
「本当だよ、セドリック。きみも、この空を見てるはずだ。きみのために星が輝いてる。きみのために、こんなにも美しく輝いてる。きみの全てを見守るみたいに」
ニコラスがバスタブで、うたた寝していると、そこにセドリックがやってきた。手には赤ワインの瓶が握られている。
「やっぱり、ここに居た」
「会いたかった」
「僕もだよ」
セドリックはワインを並々と注いでいく。ニコラスはバスタブに溜まっていく赤ワインを両手で掬って浴びた。穢れを祓い、すべての人々に神の祝福があるようにと願いを込めて選別した聖水のように思えた。
「きみの名前を忘れたことなんてないよ、セドリック・ディゴリー。ハッフルパフの……ぼくの王子様」
「君は僕の恋人のニコラス・マッキントッシュ。僕らは一番美しい瞬間に、この世を去るべきだと思わないか?」
ニコラスとセドリックの関係が始まったとき、空はあんなにも曇っていたのに、今は星が光っている。ワインの芳醇な香りを纏ったニコラスは、セドリックと手を繋いでホグワーツへと戻った。夜が空ければ、第三の課題が始まる。どんな結果になろうともニコラスは構わなかった。もちろんセドリックは最大限の努力をするだろう。全てが終われば、二人でイタリアへ行く。自分たちの近い未来には楽しいことだけが待っている。そう信じて、眠りについた。
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