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最終課題の当日、代表選手の家族がホグワーツに招待されることになっていた。朝食の後、セドリックはニコラスを連れて大広間の脇にある小部屋へ向かった。両親にニコラスのことを紹介しようと思っていたのだ。どう説明しても、到底、受け入れてもらえないだろう。自分の息子が同性愛者で、しかも恋人は多情で移り気な、新聞に取り沙汰されるほど過激なポルノ作家だ。すぐに肌を見せたがるし、そのくせソクラテスに憧れていて、にも関わらず快楽主義の意味を履き違えてる浅いヤツで、預言者を気取るカッコつけのジャンキーだ。どれもニコラスに当てはまるのに、言葉を重ねれば重ねるほど、ニコラスからは遠ざかっていく。だから、セドリックはもっとシンプルな三つの単語だけでいいと思っている。たくさんの言葉を使うのはニコラスでいい。だからセドリックは考えるのをやめた。セドリックの母は割と寛容な所があるが、問題は父親のエイモスだった。セドリックとニコラスの関係を噂程度には知っているだろうが、未だに自分の息子は「普通」か、若しくは、それ以上に「まともな男」であることを信じているだろう。受け入れてもらえないだろうことはニコラスに事前に言ってある。大広間を横切り、小部屋へ向かった。ドアの前でセドリックはニコラスの身嗜みを整えようとボタンの外れたワイシャツに手を伸ばしたが、付け焼き刃で取り繕ったニコラスの姿など見たくなかった。代わりに、ニコラスの鎖骨にキスを落とした。
「ニコラス・マッキントッシュ。君は、ありのままの姿が一番、美しい。君が近くに居たら分かるんだ。ニコラスの心臓の音が聞こえるから。僕は君の鼓動の音を知ってる」
「この音さえあれば、たとえ禁じられた森の中でも迷わずにすむ」
ドアを開けると、クラムと両親が部屋の隅の方で、部屋の反対側にはフラーと妹と母親が、暖炉の前でハリーとウィーズリー夫人とビルが、それぞれ母国語で話をしていた。セドリックの両親はドアのすぐ内側に居た。心の準備も何もないまま、セドリックは久しぶりに両親の顔を見た。
「我が息子よ!」
「やぁ、父さん。母さんも久しぶり」
「セドリック、隣の子は……ニコラス・マッキントッシュね?日刊預言者新聞で特集を組まれてたもの、知ってるわよ」
「そうだよ、母さん。僕の恋人のニコラス・マッキントッシュだ。卒業後、彼とイタリアへ行くんだ」
セドリックの言葉を聞いたエイモスは怒りで自分が何を言いたいのか分からないというふうに、顔を真っ赤にして口をパクパク開けたり閉じたりしている。それを見ながらニコラスは、いつか見た金魚のようだと思い、口元に笑みを浮かべた。セドリック以外の代表選手は、それぞれ家族を伴ってドアから出ていく。ホグワーツの中を案内するらしかった。彼らを横目で見送りながら、セドリックは丁度いいタイミングだと思った。
「僕はゲイだ。同性愛者だ。それでも父さんと母さんの息子に変わりはない」
「……いいや、セドリック。それは違う!私の息子は……私の自慢の息子は……そんな、汚らわしい存在ではない!お前だな!私の息子を誑かし、挙句、おかしくさせたのは!」
エイモスがニコラスに殴りかかろうとしたが、ニコラスは体をするりと横にずれてエイモスの拳を避けた。
「父さん!それは、違う。ニコラスも僕も、互いを愛し合ってる。汚らわしい存在なんかじゃない。自由と平等を重んじる、愛し合う者同士だ」
「……愛し合う二人が一生を共にできたら、それは、とても美しいことだと思う。なのに世間は、それを許さない。ただ性別が同じってだけの理由でね。ぼくは、それが何故なのか分からないでいる。道路から軍隊が攻め込んでくる訳でもないし、毒ガスが上空を包み込んでしまう訳でもない。外国に核戦争を仕掛ける訳でもないし、農作物を死滅させるウイルスをばら撒く訳でもない。ただ、人と人が愛し合ってる。それだけだよ。それを、なぜ認められないのかが分からない。ぼくとセドリックが愛し合っていても、明日も東から太陽が登ってくるし、ぼくら若者は上の世代の人たちの陰口を言う。ベッドの中から蛙チョコレートが飛び出てくることはないし、世界は平常通り動き続ける。あまたの差別や偏見は悲しいことに、なくならないけど、それでも人は誰かと繋がり、信じ、愛し合う。人は誰だって、誰かを愛するべきなんだ。そこに性別は必要ないと、ぼくは思ってる。ぼくが、ミスター・ディゴリー、あなたにかける言葉は一つだけ。申命記一章二十九節にある言葉だよ。『恐るることなかれ』だ」
ニコラス・マッキントッシュが語る。セドリックたちはそれに耳を傾ける。セドリックは、その建物の静寂にも耳を澄ます。ニコラスの方は、やがて演技の中に自分を投げ込むはずの呼び鈴を待ち受けている。ニコラスとセドリックの思いが一つになり、部屋の中に反響する。『ぼくたちは半分しか存在していない。』これこそが、セドリックが苦しむ甘美な瞬間なのだ。ニコラスは、あとは家族で話し合ってよ、と言い残して部屋から出た。ニコラスが新聞や本で、どれだけ言葉を書き重ねようとも、それでも批判や攻撃してきたりする人間は必ずいる。それは仕方のないことだと思う。ニコラスはニコラスの人生を生きてきたし、他の人もそうだ。だから、ぶつかり合うのは必然的で、避けられないものだ。そういった相手には、ある程度の諦めと、少しの譲歩をするのが一番いい対応だが、エイモスは、きっと、そうしないだろう。今までセドリックから聞いてきた父親の話を聞く限りでは。願わくは、ニコラスがセドリックと、これからも共にできれば、それ以上に求めることは何もない。ときに子供は母親の愛情過多や愛情不足が原因で、精神が不安定になることがある。それは、父親よりも母親の方が子供と接する時間が長いからだ。その根底には子育ては母親がすべきだという、ニコラスからすれば下らない考えがあるからだ。エイモスは、それに付け加えて、自らの理想や希望を、エイモスと同じ性別を持ったセドリックに見出し、押し付けているような感じがあるようにニコラスには思えた。行き過ぎた信頼というのが一番、近い言葉かもしれない。セドリックを信じるが故に裏切られたと感じる。エイモスのセドリックを信じるということは、セドリック自身を信じているのではなく、エイモスが理想とするセドリックの人物像に期待しすぎてしまっていることを指す。だからこそ裏切られたと感じる。ただ、それはセドリックがエイモスを本当に裏切ったわけではない。セドリックの見えなかった部分が新たに見えただけであって、その見えなかった部分が見えたときに、それもセドリックの一部なのだと受け止められる揺るがない軸が必要になってくる。その揺るがない軸こそが、人を信じるということの意味なのではないか。ニコラスは、そう考える。そして、更に言うなら、セドリックが女の子として生まれていれば、きっと、こうはならなかっただろうなと思った。ニコラスの考える通り、セドリックとエイモスの話し合いは段々ヒートアップしていった。話し合いは怒鳴り合いになり、遂には母親が泣いたのを最後に、エイモスは縁を切ると言い放った。課題は応援するが、それが最後だと。晩餐会で生徒たちが盛り上がる中、セドリックは、どこか晴れ晴れとした表情でニコラスの耳元で楽しげに囁いた。
「僕は本当の意味で、ようやく自由になれた。これが本当の始まりだ。ぜんぶニコラスのせいだ」
「そうだよ。ぼくがセドリックの人生を壊したんだ」
「そんな君を愛してる」
「ぼくも、きみだけを愛してる」
ニコラスもセドリックに向かって笑顔で返した。魔法のかけられた天井が、ブルーから日暮れの紫に変わり、いくつもの星が黄色く輝いている。その一つ一つが二人の未来を祝福しているように思えた。教職員テーブルについていたダンブルドアが立ち上がり、大広間に静寂が広がった。
「紳士、淑女のみなさん。あと五分たつと、みなさんにクィディッチ競技場に行くように、わしからお願いすることになる。三大魔法学校対抗試合、最後の課題が行われる。代表選手はバグマン氏に従って、いますぐ競技場へ行くのじゃ」
セドリックを含めた四人の代表選手が立ち上がり、どの寮のテーブルからも一斉に拍手が起こった。
「また、あとで会おう」
「楽しみにしてる」
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