03
ニコラスにとって三大魔法学校対抗試合は興味を唆るものではなく、退屈な催し物の一つにすぎなかった。媚びを売ってくるフランス女も、欲を隠しもしない目で見つめてくるロシア男も、ニコラスをほんの少しも楽しませなかった。だが、セドリックには違ったようで、対抗試合の代表選手に立候補したらしかった。そのせいで、セドリックの周りには、いつもニコラスではない誰かが居た。だが、ニコラスはそれでも別に構わなかった。これっぽっちも嫉妬心を見せないニコラスに嫉妬したのは、むしろセドリックの方だった。セドリックは空き教室にニコラスを呼び出した。珍しく太陽の光が教室の中を照らしている。ニコラスは机の上に腰掛け、セドリックを見上げた。セドリックはニコラスの額に自分の額をくっつけて囁くように言った。
「僕ら、もっと同じ時間を過ごすべきじゃないか?」
「なぜ?」
「何故って、本気で言ってるのか?」
「あぁ、本気だよ。でも、例え嘘だとしても構わないんだろ?みんな、ぼくの言葉なんて聞いちゃいないんだ。愛してるって言葉が嘘でも、構わないんだろ?」
「調子に乗るなよ、ニコラス。僕は心の底から君を愛してるって言ってるんだ」
「……例え一緒に居なくても、きみが近くに居たら分かるよ。きみの心臓の音が聞こえるから。ぼくは、きみの鼓動の音を知ってる」
ニコラスの言葉は優しさなんかではない。全部、自分のための言葉だ。セドリックのためを思った言葉なんかではない。セドリックもそれを知っている。権力に媚びて、預言者を気取り、ソクラテスに憧れているが、その実ただのジャンキーで、軽薄で、すぐに誰かに肌を見せたがる快楽主義者で、男も女も子供も大人も関係ない性的倒錯者で、ありがちで、つまらなくて、そうでない奴との違いなどセドリックには分からないが、ニコラスは自分だけが楽しめればそれでいいと思っていて、それでも、そんなニコラスのことがセドリックは好きで仕方ないのだ。なぜ、ニコラスは分からないんだろう。セドリックは自分でも気づかないうちに、ニコラスの胸ぐらを掴んでいた。
「愛してるよ、セドリック」
「例え嘘でも?」
「ぼくは別に構わない」
「……嘘つきめ」
「裏切られるのには慣れてるんだ」
セドリックはニコラスのシャツを脱がして、ニコラスはセドリックのシャツを脱がした。どこかからワルツが聞こえてくる。ゆったりとしたメロディに合わせて、二人は抱きしめながら踊った。ニコラスの薄い身体は冷たかった。
僕は君の胸から心臓を引き裂いて、代わりに爆弾を埋め込む。燃やしてしまえ。消防士が僕に水をかけてくるが、どのみち全て燃え尽きる。君は僕の心臓にガソリンを撒いて、頭にマッチを押し付ける。燃やされていく。君が氷のように冷たかったことを思い出すよ。今や炎は君の足に燃え広がり、僕らは苦痛から解放される。火炎放射器の恋人よ、僕の心を焼き尽くしてくれ。
バカ騒ぎや破滅的な生き方で、ニコラスは、いずれ燃え尽きるだろう。セドリック・ディゴリーにとって、かけがえのない人間とは、ニコラス・マッキントッシュ以外に存在しない。誰よりも狂っていて、狂ったように生きていて、狂ったように話し、感じたことを全て言葉にして伝えてくる。身を削るような生き方で相手に愛を注ぐ。そして、その代わりに全てを欲しがる。ありふれたことは言わない。ニコラスは燃えて、燃えて、燃え尽きる。夜を彩る花火のように。そんなものは全て錯覚だという人間も居るかもしれない。だが、セドリックの前にいるニコラスは、そういう生き方をしている人間だった。ぼくらは一番美しい瞬間に、この世を去るべきだと思わないか?ニコラスの言葉がセドリックの頭の中で木霊した。
「ニコラスはクリスマスのパーティに出る?」
「男として?それとも女として?」
「どっちでも」
「どっちにしろ、女の立場がなくなるだろうね」
「君は誰より綺麗だ。もし出るなら僕と踊ろう」
「世界で一番、美しい夜になる」
「花火みたいに美しい夜だ」
セドリックはニコラスの首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。ニコラスに染み込んだ赤ワインの香りがセドリックの脳を痺れさせる。ニコラスの白い肌に、いくつもの痕を残したセドリックは、満足気に呟いた。
「君といると喉が渇くよ」
「ぼくは、いつも、お腹が空く」
人間の欲望は果てることを知らない。それは聖書にある禁断の果実を食べた二人から始まり、人類が破滅するまで延々と続いていく。キスは、いっときの凌ぎでしかなく、飢えはなくなったりしない。
きみが傍に居るって分かるんだ。きみの鼓動の音を知ってるから。ぼくらは生きてる。精一杯、存在してる。でも、それが何になるっていうんだ?
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