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日刊預言者新聞や週刊魔女のセンセーショナルなゴシップ記事によって、ニコラスの名が全英の魔法使いたちに知れ渡った。記事には『ニコラス・マッキントッシュと付き合った女は、必ず別れる。別れた女は、必ず美人になる。存在が昇華されるのだ。蛹が一羽の美しい蝶になるように。』と書いてあった。他にもニコラスのセックスライフが、あけすけに書かれている。中には虚偽の情報もあったが、全てが嘘という訳でもなかったので、ニコラスは、とくに反論などはしなかった。とくに、人気が出たのはニコラスとセドリックがキスをしている写真の載った記事だろう。二人は服を着ていなかった。空き教室でのワンシーンだ。あの教室には誰も居なかったはずなのに、なぜ写真が撮られていたのだろうか。ほんの一瞬、ニコラスは疑問を持ったが、次の瞬間にはどうでもいいと思った。それよりも、その記事に書かれていた禁断の愛という言葉の意味が分からない方に気が向いたからだ。ただ人が人を愛しているだけで、これは、どこにでもある話だ。何も禁断なんかではない。セドリックの顔は棚か何かによって遮られていたが、ニコラスの一挙手一投足を見つめているような、熱心なニコラスのファンは、相手が誰かなど簡単に想像がついた。この記事について、わざわざセドリック本人に何かを聞きに行くような猛者が居なかったことだけが、二人にとって救いだった。セドリックはホグワーツの代表選手で、今やトレンドの人だ。彼に傷がつけばホグワーツに傷がつく。大多数の人間がそう思ったのだろう。これは、セドリック・ディゴリーの人柄がそうさせた。ニコラスは記事に書かれた文章が、あまりに稚拙で退屈だったので、自分で書き直してやった。ついでとばかりに、同性愛を扱った小説も、いくつか書き連ねて、分厚い手紙を記者のリータ・スキーター宛てに送った。追伸には、良ければインタビューを受けてもいいよ、とオマケして。
週刊魔女の表紙には『グレイの肌』の掲載を告げる文言は何もなかった。ただ文芸欄に、ひっそりと第一章が発表されたにも関わらず、罵倒と中傷の言葉がニコラスの身に一斉射撃された。
「性的倒錯者の見本市」
「気が触れた頭脳から生み出された卑猥文書」
「こんなポルノ作品を支持するのは同性愛者だけ」
「週刊魔女の文芸欄は遂に文芸でなくなった」
お上品な日刊預言者新聞には、当代きっての批評家であるトーマス・ベイカーが、わざわざニコラスを、こき下ろすためだけに書評を執筆した。
[ ニコラス・マッキントッシュが、遂に本性を現した。日刊預言者新聞や週刊魔女では、度々、三大魔法学校対抗試合についての記事を扱ってきたが、その中でもニコラス・マッキントッシュの名前は我々、出版界の人間に知れ渡っていた――名声ではなく、悪名で。みずみずしい十代の少年が持ち込んだ『グレイの肌』は、物笑いの種になっていた。我々は彼の書いた作品――作品といえるだけのストーリー性は感じられず、セックスに溺れた性的倒錯者のイカれた日常を継ぎ接ぎしただけの文章だ――を専らジョークだと考えていた。女装癖のある男娼の性的遍歴を綴ったものは猥褻そのもので、一切の道徳観を欠いた代物だった。マッキントッシュは、その小説で絶えず自然な性的概念――つまり異性愛のことだ――を嘲笑い、同性愛と服装倒錯と薬物中毒を褒め讃えていた。どこにも文学的な価値は見い出せず、マグルの作家であるオスカー・ワイルドの書いた、いささか欠陥の多い同性愛小説ですら、マッキントッシュの『グレイの肌』に比較すれば、まだ真摯で視野の広い堂々たる文学に見えてしまう。
だが、公平を期さねばならない。送り付けられた原稿を目にすることができた幸運な――否、不運な――編集者が困惑したのは、どこまでも不道徳な物語が、才気縦横の文体で書かれていたからだ。マッキントッシュの文才を評した週刊魔女の名編集者は「女装の男娼」を「売春婦」に置き換えれば出版できなくもない、と私に漏らしたことがある。ニコラス・マッキントッシュは、ホグワーツという歴史ある素晴らしい学校で、魔法を学ぶどころか、『グレイの肌』で描かれたような吐き気を催すような行為に、自ら従事しているのではないか。もし、そうだとするならば、彼は即刻、退学にすべきだろう。事実がどうあれ、マッキントッシュが放蕩に次ぐ放蕩を繰り返しているのは間違いない。果たして、こんなものが文学と言えるだろうか。ニコラス・マッキントッシュは何がしたいのか。我々――良識のある大人――を驚かせたいのか。それとも名声を得ることが叶わないならば、せめて悪名を、とでも思ったのか。マッキントッシュの小説の根本的な欠陥は、倫理的な理由で不道徳だということに留まらない。美学的な意味においても、道徳を欠如している。なぜなら、マッキントッシュは我々の偉大なる文化や芸術を嘲笑することに終始しており、その小説は精神的な虚無と腐敗から生み出されたもので、完全に無意味だ。読む価値のないものだ。 ]
ニコラスは、リータ・スキーターを通して日刊預言者新聞で反撃に出た。第一の課題を終えた各校の代表選手のインタビューとは別に特集記事が作られた。それだけ、誰もがニコラス・マッキントッシュについて知りたがっていた。特集記事のタイトルは「ニコラス・マッキントッシュ――真実の物語」という仰々しいものだった。特集記事の最初のページには、ニコラスの肖像写真が大きく掲載されていた。シースルーのボウタイブラウスに、パールのイヤリングとネックレス合わせたスタイルは「男らしさ」というステレオタイプを軽やかに打ち破るジェンダーニュートラルな装いだ。これを批判が好きな人間は、ゲイのファッションだと決めつけるのだろう。だが、ニコラスは、そんな批判を、とことん楽しむかのように、花柄やパールはもちろん、フリルやレース、シースルー、パステルカラー、左右違う色のネイルといった女性的なファッションを的確に自分のものにしていった。極めつけはピンヒールを履いていたことだろう。ニコラスは空のバスタブに寝そべり、片足を外に放り投げ、物憂げな眼差しで、こちらを見つめている。ジェンダーという枠に囚われた人間を、これ見よがしに嘲笑するオーラを振りまくニコラスは、十代前半の少女のようにも見えた。身のこなし、視線、指先のニュアンスに至るまで全てが美しい。リータは初めてニコラスを見た瞬間「顔立ちはハンサムというよりキュートね。雰囲気は、どこまでもファビュラスで、とてもブリリアント」と呟いた。リータがマグル出身で音楽に精通した人間なら、ニコラスのことを70年代のグラム・ロックなムードが溢れているとでも評したかもしれない。もしくは、マリリン・モンローのように美しい人とでも。ニコラスはデヴィッド・ボウイとクイーンを崇拝しているほど大好きだったし、彼らから影響を受けていることは間違いない。
リータ [ あなたの小説『グレイの肌』の第一章は大きな波紋を呼び、多くの人から批判されてるワケだけど、何か反論はある? ]
ニコラス [ ほとんどの批判は、主題が同性愛だってことで、ヒステリックになってるだけ。愚かだと思わない?人が人を愛してる、普通の話なのにね。過剰になりすぎてるんだ。ぼくから言うべきことは何もないよ。 ]
リータ [ 同性愛は自然でないと考えられてるけど、それについては? ]
ニコラス [ 同性愛を自然じゃないとか、異常だとかいう人とは分かり合えない。さっきも言ったけど、ただ人と人が愛し合ってるだけ。同性愛者が人口に占めるパーセンテージは高いよ。逮捕者数を見れば確認できる。どうして同性愛が罪なのか、ぼくには分からないけどね。イギリスの魔法使いたちの頭の中身が、未だに野蛮な十九世紀に留まってるのは嘆かわしいと思わないの?かといって同性愛が現代的で流行ってる、みたいな言い方は嫌いだな。セクシュアリティは現代のものじゃないからね。昔から、ずっと存在してた。だから「最近のもの」扱いしてしまうと、数十年後には「同性愛って昔、流行ったよね」みたいになる。セクシュアリティって、そういうものじゃない。だから根本の考え方や差別意識を「アップデート」しないといけないんだよ。まだ「ニンバス2001……じゃなかった、セクシュアリティ2001」にしてないの?ってなるからさ。今のは皮肉になった?つまり、ぼくが言いたいのは、女性に惹かれる男性も居れば、男性に惹かれる男性も居て、男性に惹かれる女性も居れば、女性に惹かれる女性も居る。どっちも好きって人も居れば、どっちも好きじゃないって人も居る。これは人類の歴史の始まりから終わりまで「続いていく」ことなんだよ。これは「草が成長する」のと同じくらい普通で自然なことなんだ。つまり、頼むから、みんな進歩しようってこと。ただ前に進もうよって言いたいんだ。これが、ぼくの考えだよ。 ]
リータ [ トーマス・ベイカーが日刊預言者新聞に書いた批判をどう思う? ]
ニコラス [ 名誉毀損ものだね。ぼくは放蕩に次ぐ放蕩の生活なんて送ってないよ。そこまで酷くないね。ぼくを退学にしたいなら魔法省にでも連絡しなよ。闇祓いからもオファーが来てるくらい成績は良い方だ。まあ、断ったけどね。ミスター・ベイカーは同性愛を不毛だと決めつけてるし、随分、視野の狭い人らしいね。オスカー・ワイルドなんて、物凄く古臭いよ。90年も前の話を持ってこられても困る。嫌いじゃないけどさ。アメリカのビート・ジェネレーションですら、ぼくからしてみれば昔のことだと思ってるくらいなんだから。アレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズ、ジャック・ケルアックを読んだことはある?更に古いのだと50年くらい前のフランスのジャン・ジュネやサルトルを読んだことはあるのかな。ミスター・ベイカーは未だにヘミングウェイやフィッツジェラルドみたいなロスト・ジェネレーションの小説を最高の作家だと崇め奉ってるんだろ。でも、第一次世界大戦から第二次世界大戦までで注目すべき作家なんてナサニエル・ウエストくらいじゃないかな?ミスター・ベイカーが最近気に入ってる作家はサリンジャーとかソール・ベローだっけ。だったらカポーティやゴア・ヴィダルを読む方がマシだね。そういや、ミスター・ベイカーも元々は作家志望だったんだってね。本を出してたみたいだから探したら、もう絶版になってた。それで、ミスター・ベイカーは作家を辞めて批評家に転じて偉そうなことを言ってるんだ。人は芸術家になれないとき批評家になる。ちょうど、兵士になれないときに密告者なるようにね。遥かに格下の、小説家になれなかった批評家の批判に抱く感情は怒りじゃない。心からの憐れみだよ。 ]
リータ [ あなたの小説は一冊もイギリスで出版されてないのに、何故かあなたはイギリスの魔法界で有名ね。これは、どういうこと? ]
ニコラス [ しょうがないから週刊魔女の宣伝をしてあげるよ。あなたも、たまに記事を書いてるよね?ぼくの書いた『グレイの肌』の第一章が週刊魔女の文芸欄に載ったんだ。それでじゃない?文学に明るいフランスとロシアでは割と有名になってるよ。ボーバトンとダームストラングの生徒に翻訳してもらって、向こうの出版社に原稿を全部、送ったからね。その二カ国でなら本として出版もされてる。イギリスでウケないことくらい分かってたし、アメリカに持ち込むつもりもないよ。続きを読みたい人が居るなら、日刊預言者新聞だけじゃなくて、週刊魔女にもファンレターを送るといい。数が多ければ、最後まで英語で掲載してくれるはずだからね。それか、フランス語かロシア語が読める人がいるなら、そこから本を輸入するとか。 ]
[ ――削除された文章――カート・コバーンもジョン・レノンも銃で死んでる。シド・ヴィシャスだって、死因は分からないけどアメリカで死んでる。もちろんイギリスでも、ぼくの地元ではイアン・カーティスが死んでる。ぼくの好きな人が、次々に死んでいったアメリカとイギリスで出版するのは辞めにしようかなって。――マグルのアーティストたちの名前らしいが、魔法界で知っているものは居ないだろう―― ]
ニコラス [ 海外での、ぼくの評価は高いよ。それをミスター・ベイカーが知ってるかどうかは、ぼくは知らないけど。この保守的で文学がなんなのか理解できない、時代がシェイクスピア止まりのイギリス魔法界というド田舎で理解されないからといって、ぼくは痛くも痒くもない。ただ、ぼくが有名なのは、それだけじゃないんじゃない? ]
リータ [ それは、どういうこと? ]
ニコラス [ 分かってるクセに。ぼくが美しいからだよ。ミスター・ベイカーが、ぼくと共にこき下ろしたオスカー・ワイルドみたいに、向日葵の花束を抱えて半ズボンに白タイツを履いてあげてもいいけどね。ピカデリーサーカスとかソーホー辺りを練り歩いてあげようか?実際、ソーホーには知り合いが多くいるし、遊びに行ったりするよ。オスカー・ワイルドの格好はしたことないけどね。 ]
リータ [ じゃあ、ズバリ聞くけど、あなたは同性愛者なの?女性とのロマンスはなかった? ]
ニコラス [ ぼくは忘れっぽいから、相手の性別なんか覚えてないよ。そんなことは重要じゃないし、どっちでもいい。自分を男とか女とかに分類したことなんて一度もないし、別に同性愛者と呼ばれようが、性的倒錯者と呼ばれようが、服装倒錯者と呼ばれようが、気にしない。好きに呼んでよ。ぼくは人を愛してるだけだ。愛を信じてきたし、愛を信じるという行為を信じてきた。宗教に性別がないように、ぼくが信じてる愛に性別は必要ないよ。 ]
リータ [ あなたにとって書くことって、どんな感じなの?秘密を告白するみたいにドキドキしたりする? ]
ニコラス [ ぼくにとって創作は、退屈。すごく退屈だね。書くのが早いから、すぐに終わる。いっときの慰めに過ぎないんだよ。そして、慰めの報酬は最終的には金にしかならないし、それらは批判が土台になってることが多い。ぼくを批判したいなら、ぼくの友人になって欲しいね。ぼくを偏見でなく、もっとフラットな目で見てくれる友人だけが、ぼくを批判していい。友人になら、その権利があるからね。 ]
リータ [ 現在、イギリス魔法界では、あなたはポルノ作家や反社会的作家として扱われてるわよね。それについてはどう思う?あなたが将来、文学的な評価を得ることはあると思う? ]
ニコラス [ もうすぐ時代は変わるよ。90年代が終わって、2000年が始まる。ミスター・ベイカーを初めとする批判なんて時代の反動に過ぎないよ。これから、もっと、この国は変わっていくんじゃないかな。それはマグルだけじゃなく、魔法界も。時代に伴って、ぼくの作品が単なるポルノグラフィーじゃないって理解されて、それと同様に評価も変わっていくんじゃない?少なくとも、ぼくの悪名がミスター・ベイカーの僅かな名声より長く保たれることは証明済みの事実だと思うよ。反社会的ってことに関しては、今はそうかもしれないけど、ぼくは、作品の中で特定の人物を否定したりはしてない。拒否はしてるかもしれないけどね。否定と拒否、その違いを分からない人間が多すぎるってだけじゃないかな。だから、ぼくの作品を反社会的という、簡単な言葉で片付けるのさ。 ]
リータ [ あなたにとって反社会的という言葉は、簡単な言葉なの? ]
ニコラス [ 簡単な言葉だよ。ブックカバーやラベルによく書いてるあるじゃん。この作品は反社会的なので、読む際には、じゅうぶん気をつけてくださいってね。誰も彼もが、ぼくに、そういったラベルを貼りたがるのさ。でも、ぼくは、ただ生きてるだけだ。精一杯、存在してる。誰も、それを見てくれないだけで。別に構わないけどね。 ]
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