16 - 織田
病室の扉を4回ノックする。運命の扉を開ける音だ。
赤毛の彼は窓際に立って外を眺めていた。上下のスウェットはなんだかみすぼらしく見えたが、一度は大けがをしていたのだから仕方がない。少し痩せたようにも見えたが、顔色はそこまで悪くなかった。
「安吾がいたな」
「私を待ってたみたいで。今から仕事だって。よろしく伝えてくれと」
「あぁ。さっきまで太宰がいたんだ。斎に会いたがってたよ」
「最近、忙しくしててね」
「ボスに会ったと聞いたが」
「勧誘されたよ」
「それで?」
「それで、断った。太宰くん抜けるんだってね」
「あぁ。2,3年は地下に潜って記録を消していくらしい。あいつは安吾の仕事を増やすのが上手い」
お互い、本質に触れるようなことは言わなかった。ここは成行きに身を任せるほかに、自分たちに出来ることなど何もなかった。今回の騒動で死んでいった人たちは、余りにも多すぎた。世間の目から隠れた闇の中で死んでいった者たちは、その存在すら無かったことになる。ここはそういう世界だ。誰かが生きた証を一つ一つ消して、書類にまとめていく。死んでいった彼らの存在を知っているのは、上層部とそれに関わった僅かな人たちのみになる。
いわば必要悪の世界なのだ。どこへ行っても、日常の裏には非日常が必要なのだ。暗黙の了解の上で表と裏の世界がある。その均衡を保たなければ、どちらも使い物にならなくなる。
「俺も、抜けるんだ。この身体じゃ、やっていけないからな」
「好きにしなよ。サクさんの人生だ」
「そうだな」
「海の見える部屋で小説を書くのもよし、休日に庭の手入れをするもよし。友達集めて飲み会でも何でも、好きにやればいいよ」
「あぁ。これも全部、斎のおかげだ。ありがとう」
「スーパーヒーローになる約束をしてたからね」
「……そうだったな」
カミュの小説にこう書いてある。冷笑によって乗り越えられぬ運命はない。4回ノックで先へ進め。それ以外の選択肢はない。
Knock, Knock, knock, knockin' on heaven's door......
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