21 - 森
人の想いとやらは、相手をそれだけで縛り付けられる程に重く、それでいて面倒だ。誰が誰をどう思おうが、それは私には関係のないことだと簡単に割り切ることが出来るのならば、人はもっと単純でいてその上、何も考えずに居てられる。だが、それが出来ないのは、相手に何かしらの情があるからだ。そんな情けと思考が絡まった、このヨコハマは今日も今日とて動き出す。誰が巻いたかのかも分からないゼンマイが噛み合って。
ポートマフィアの誘いに乗らなかったのには後悔していない。が、こうもほぼ毎日、何かしらの仕事が回ってくるあたり、森先生は私のことを諦めていないのだろう。
「こんにちは、森先生」
「直接こうして顔を合わせるのは久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「とくに変わりはありませんよ。そちらは?」
「太宰くんが抜けたお陰で、小さな仕事が溢れかえっているよ」
「その仕事が私に回ってきているのですが。私に太宰くんの代わりになれと、遠回しに言っているのですか?」
「まぁね。斎ちゃんが私の下に居れば、この街の動きが分かるから」
「伝書鳩になった覚えはありません」
「それでもさ。君は色んな所に友人がいるだろう?」
「人質を取られたような気分です」
森先生は肩を竦めた。詰まりはそういう事だ。正式にポートマフィアの一員にならなくてもいいが、その代わり回した仕事を熟さなければ、いつでも“友人”を殺すことが出来るぞ、と。
「あなたは私をどうしたいと思ってるんです?」
「斎ちゃんはどうされたい?」
「……質問を質問で返すのは、アイルランド的で非常識だ」
「それでも、その非常識で無駄な事が必要になるときもあるさ」
「まるでノワール小説の作家みたいなことを仰る」
「この街はノワールそのものだよ。非常識でいて、酷く合理的な世界だ。我々はそのゼンマイを巻く人形師というわけだ」
「あなた以外の人間は、さながらマリオネットという訳か」
「そうなれば、この国を簡単に支配出来るのだが。まぁ、事はそう簡単に動かないのが世の常だね。まったく、君と話していると楽しくて仕方がない」
「楽天主義者はドーナツの輪を眺め、悲観主義者はドーナツの穴を眺める。あなたは限りなく前者に近い後者だ」
「回る車輪を眺めるのは、この街でいっとう面白いことだよ。穴も棒も輪も全てをモザイクで覆い隠して、その向こう側から景色を眺めるだけ。こんなにも楽な仕事は他にない」
「それはあなただから言えることでしょう?」
- 21 -
*前次#
救済 トップページへ