09
太宰治、彼が店にやってきてから数日後のことだった。私の所持品の一つであるコルト社製のダブルイーグル(45口径、装弾数8発。正式名称M1911)がなくなっていた。言わずもがなサクさんの仕業である。彼はときどき、私の商売道具を勝手に持って行くクセがあった。何故かと聞いたところ「お前の扱うものはどれも一級品だから」だとかなんとか言っていた。商人としてこれほど嬉しい言葉はないが、勝手に持って行くのはやめてほしい。
この時間なら、あのバーにでもいるだろう。早速、恋人を迎えに行くとする。
ルパンの重々しい扉を開ければ、既に3人の男が酒を酌み交わしていた。1人はサクさん、もう1人は太宰治、そしてもう1人は私の知らない人間だった。彼は丸い眼鏡を掛けた、神経質そうなインテリ男といった風だった。なるほど、このメンツを見るに、サクさんの仕事で何やかんやあった人とは、この人で間違いないだろう。おつかれさん。口には出さずにそう言った。
太宰くんは私を見てヘラリと笑ったが、それには何も返さなかった。一番奥の席、サクさんの隣に座った。バーのマスターがすかさず注文を聴いてきた。
「ジャックダニエルにコーラを入れて。あと、氷の代わりに凍らしたレモンを入れて欲しいんだけど」
「ザ・レミーですね。かしこまりました」
スツールにしばし腰を下ろして、煙草を巻いた。すっかり上手くなっていた。片手でもできる。これで、マッチを歯にこすりつけて火をつけられれば、完璧だ。
マスターが滑らかな動作でグラスを差し出した。滑らか!私はその言葉が気に入っている。
3人に向けてグラスを掲げた。すると、サクさん、太宰、そしてもう一人の男もグラスを軽く持ち上げた。
「何に乾杯するんだ?」
「というか斎ちゃん、この店知ってたんだね」
「まぁね、恋人を迎えに来たんだ。じゃあ、家賃稼ぎの仕事に」
私がそう言えば、残りの三人もそれに続いた。
「家賃稼ぎの仕事に」
彼らはジイドがどうの、ポートマフィアがどうの、スパイが云々と訳の分からないことを話していた。
「安吾、私の気が変わらない内に消えるんだ。別に悲しんでいるんじゃない。最初から分かっていた事だ。安吾が特務課であろうとなかろうと、失いたくないものは必ず失われる。求める価値のある者は皆、手に入れた瞬間に失うことが約束されている。苦しい生を引き延ばしてまで追い求めるものなんて、何もない」
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