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「だって、今以上に幸せな時って、きっとありませんよ」

 珍しくノエルの声には芯が通っているように感じられた。

「わたしは女です。ディゴリーは男です。だから、これ以上幸せに近づけないんです。よく二人の距離が縮まったとか言いますけど、距離は変わりっこないんです。ただ、早く相手に会いに行こうって気持ちがあるかどうかなだけなんです。早く会おうとすればするほど愛の値段があがるんです。どうしてわかってくれないのですかね。こんな単純なこともわかってもらえなくて、わたしはとても不愉快です。ディゴリーの体中に釘を打ち付けて釘バットみたいにして、振り回して投げ飛ばしてしまいたいぐらいです」

 その声には剣があった。ノエルは笑いながら怒るのだ。表情に笑みしかなくて、その笑みの微妙な違いで感情を表に出す。会話のどの部分で怒られたのかわからないけれど、禁忌に触れてしまったということだけはおぼろげながら感じられた。

「わかってもらえるとは思っていません。しょせん、わたしたちは他人なのです。12742キロメートルの距離で隔たっているのです」

 怒りはノエルの中で自己完結して、燃え尽きてくれたらしい。「もうすぐ電車がきます」と言ってノエルは起き上がる。同時にセドリックの耳にも電車がやってくる音が聞こえた。近在の老婆一人を降ろした一両の電車は二人が乗らないことを確認すると、遅い加速で逃げていく。遠くに行くにしたがって電車はマッチ箱に変わり、やがて見えなくなった。

「そうだ、長生きしたいディゴリーのためにいいものがあります」

 電車を見送りながら、ノエルは小さなリュックから何か取り出した。銀色の小さな鈴だった。

「これをあげましょう」
「なんか御利益薄そうだね。振っても鳴らないし」

「それがミソなんです」とノエルがよくぞ気づいてくれたとばかりに言う。

「鈴って玉が入ってないと鳴らないですよね。それは祈願の鈴と言って、ほんとに真剣な願いの時だけ、カランコロン音が鳴るのです。いい話でしょう」
「いい話っていうより、ホラーじゃないか、これ」
「大丈夫ですよ。ちゃんとした教会で買ったやつですし。それにわたしの呪いもこめましたし」
「呪いはこめなくてもよかったんだけど。ちなみにどんな呪い?」
「ディゴリーがいつまでもわたしから離れられなくなる呪い」


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