ねぇ、振り向いて。 10









「それじゃあ矢琶羽君、良いお年を!」
「うぬ、来年も宜しくのう」
「うん!来年も宜しくね!」

「不死川先生も良いお年を」
「……良い年をォ」


31日は両親も休みだし勉強は予習程度にする予定なので勉強が終わると年の瀬の挨拶をして矢琶羽君とは別れた。
この一週間で矢琶羽君とは飛躍的に仲良くなれたと思う、もし大学に合格すればまた春から同級生だ。もちろん学部は違うけど授業とかは一緒に受けれるだろうし、何より彼が学校に居ると思うと心強い。
実弥に対して物怖じしない所をみると誰に対しても“ああ”みたいだし実弥は苦手みたいだけど比較的に誰に対しても物腰が柔らかだ
玄弥以外に出来た初めての男友達に胸が弾む、同時にどうやら私は本当に実弥以外の男性に興味が無かったのだなと苦笑いもした。


「何考えてんだァ?」

車の中で一人苦笑いをしていると信号待ちで実弥に覗き込まれた、もう何年も見知った顔なのに近くにあるとまだまだドキドキする

「矢琶羽君のこと、仲良くなれて嬉しいなって」
「また矢琶羽か、お前は誰彼構わず愛想振り撒きすぎだァ」
「そうかな?玄弥と実弥以外で仲良くなった男の人は初めてだよ」

そう答えると実弥は溜息を吐いた。
チクリと胸が痛む、心配していると言っていたけどその態度は嫌だなぁ……
私はもう物心付いたときから実弥が好きだったし恋愛のアレコレは無知も同然、だから今このような時にどんな態度を取るのが正解なのかはわからない。でも、異性だとしても友達をそんな風に思われるのは良い気はしなかった。

「実弥って落ち着いた人が苦手なの?」
「あァ?んなことねぇよ、正直落ち着いてる奴のほうが馬が合う」
「冨岡先生も苦手でしょ?」
「アイツは根暗っていうんだよ」
「それでも矢琶羽君は根暗じゃないよ!」
「ッチ」

実弥の好き嫌いの基準がわからない…
その時ふと思う、好きな女性のタイプって何なんだろう。それに近づけば少しは実弥に相手してもらえる?
今までどうして考えなかったのか、勝手に勉強でも実弥に追いつけば好きになってもらえると思ってたけど実際はどうなのかな…

「実弥ってどんな人がタイプ?」
「どぉいう意味だァ」
「女性のタイプだよ、どんな人が好きなの?」
「…教えねェ、そんなん知ってどうすんだ」

この期に及んで知ってどうするのかを聞くんだ、とことん女としては遠ざけられてるのかと思い目を閉じる。私はいつまでこの不毛な恋を続けるのだろう。

「んな顔すんなよ、悪ィ意地悪だったか」
「……じゃあ教えてくれる?」
「………怒るなよ?」
「もう!そんなことじゃ怒らないよ!」
「強いていえば、大人な…物怖じしない優しい女だなァ」

「へ?」

それって、それってそれって……!
ーーー胡蝶先生のこと?

頭が真っ白になる、胡蝶先生は実弥より大人だし見た目にそぐわず何物にも物怖じしない精神の優しい女性だ。

「ぐ、具体的だね」
「そうかァ?大人になるとだいたい好きなタイプなんてわかってくるもんだ」

私の拙い頭ではせいぜい優しい人だとか明るい人だとかそんなことばかりしか思い浮かばなかった。悪い考えばかりが堂々巡りしてる。

「あー……あくまでタイプの話だろォ、実際好きになったら違ェかもしれねぇし」
「私のこと好きになる可能性ある?」
「………」

こんな質問したところで、無いと言われて終わり。いつものこと…沈黙していた実弥は私の方をゆっくり見る。

「今は無理だァ、名前は生徒で俺は教師だしな」

初めて見る実弥の切ない顔にハッとした、私は自分の気持ちを押し付けるばかりで今まで実弥の立場や環境を真剣に考えてきたことがあっただろうか。
実弥が女性に求めているのは“大人”な女だ、年齢だけが大人じゃないことなんて矢琶羽君を見れば一目瞭然。彼の言う『余裕に見せているだけ』は私にも出来るのかな、大人に……なれるかなぁ

それと同時に浮かんだのは矢琶羽君の言ってくれた『名前はそのままが一番じゃ、変わる必要はなか』という言葉だ。
変わりたい、大人になりたい。実弥の好きな人になりたい。それでもありのままの自分も好きになってほしい。

胡蝶先生のようになれたからと言ってそれは胡蝶先生が好きだと言って過言ではないだろう。教師と生徒の恋は思っているより何倍も難しいのかもしれない。
そのまま別の会話に変わるが私の心が晴れることは無かった。












何とも言えない雰囲気のまま家に着く

「実弥、送ってくれてありがとうね」
「明日はどうすんだァ、名前の家は大晦日は毎年大掃除だろォ?」
「そうだね、昼間は大掃除かも。夕方少し予習する」
「じゃあ挨拶もするよおだし、ついでに夕方勉強みてやるよ」

私があまりにも落ち込むから気を遣ってくれたのかもしれない、とことん残酷なほど優しい実弥。
断るはずがない、どんなに辛くても苦しくても私にとって実弥と一緒にいる時間は最も幸せな時間なんだ。
でも、こういう風に思ってることがすぐ顔に出ちゃうのも子供なのかもしれない。そう思うと素直に喜ぶ事も出来なくなっていた。

「名前が元気ねェと調子狂うんだよ」

頭をぼかっと殴られる。先程初めてみた切ない顔をまたしていた、どういう意味の表情なんだろう…?心配してくれてる、のかな。

「受験のこと考えてたら不安になっちゃった、だから勉強頑張るね!」
「大丈夫だ、俺が勉強みてやるから」

実弥に嘘をついた事なんて殆どない、それでもこれからは器用に大人にならなきゃ。

嘘をついた罪悪感か、それともありのままの自分では無くなっていってしまう喪失感かわからないけど悲しくも捨てるのは“実弥だけを大好きな子供な自分”だった。