ねぇ、振り向いて。 11







大晦日の大掃除を終えて綺麗になった部屋をみる、窓から入る少し冷たい風がとても心地良く感じた。その冷たいけど澄んだ風が少しだけ心を落ち着かせる。
いつも実弥のことを考えてはいるけど風を感じると何故かいつも実弥を思い出してしまう。

早く来ないかな…
ソワソワする気持ちが先出すけど大人になると誓ったばかりだ、私が大学に入るまで恋人は作らないと言ってくれた実弥を信じて今は目標に向かって頑張らなきゃ。
寒いけどスッキリした気持ちになるから少しの間だけ窓を開けたままにして勉強を始めようと思い勉強用具を取り出すと外から楽しげな声が聞こえてきた。

「(寿美、貞子、弘、こと、就也と志津ママだ…)」

外を見ると不死川家の兄弟達が遊んでいたので軽く手を振り机に戻る、玄弥と実弥が居ないところをみると二人で来るのかな?と思っていたけど実弥は一人で来てくれた。







「あれ、玄弥は?」
「あいつァ別に受験生じゃねェからな、大晦日ぐらいゆっくりさせてやりてえだろォ」

学業に部活に花屋のバイト、家のお手伝いまで担ってる玄弥は実弥に次ぐ不死川家の柱だ。甘えきった私とは違いこの兄弟は本当に苦労してるし努力もしてる。

「だったら実弥も休んでほしかったな…」
「んなこと心配すんなァ」

優しい顔で甘やかされると弱い。
ここで靡いてしまうから私は子供なんだ、擦り寄りたい気持ちをぐっと抑えて机に突っ伏した。

「好き…」
「…アァ」
「好きだよ…」
「………。」
「でもこれで最後にする」
「ハァ?」

決意していた言葉を口にすると意外にも驚いているような顔で見つめてくる。

「高校生の間は好きって言わない。実弥に迷惑かけたくないし」
「迷惑だなんざ思ってねェ」
「ちゃんと受験だけに集中するよ!」
「………そうかよ」

安心してくれるかなと思ったけどこの会話はなんとなく素気なく終わってしまった。胡蝶先生のようにはなれないし、なりたいわけじゃないけどこれは私にとっての覚悟だし大人への一歩。
実弥が好きなタイプに“大人な”と付けたのはある意味私への牽制でもあるだろうしそこを汲んだのに素気なくされると少し落ち込むな…
イブの日から何となく実弥と噛み合わない、大好きな気持ちは変わらないけどチクチクと心が傷み始めているのは確かだ。

「勉強はじめよっか」
「そうだなァ」

誤魔化すように勉強を始める、今はとにかく受験。実弥が直々に教えてくれているんだから絶対に合格しなきゃ!


















「あー!疲れた!」
「お疲れさん」

2時間程経つと外はもう暗くなっていた。
何気なく携帯を見ると母からは『お父さんと年越し蕎麦食べてきまーす!』とメッセージが入っていて相変わらず娘は放置気味だし、良いんだか悪いんだか…苦笑いしてるとトンっと肩を並べらえて携帯を覗かれる。

「なんだァお袋さん名前置いていったのか」
「多分実弥の家行くと思ってるんじゃない?」
「それもそうかもなァ」

私が実弥を大好きなのを一番間近で見てきたのは両親だから実弥と一緒に居る時に邪魔をしてくることはまず無いし、両親も実弥や不死川家をかなり信頼している節があるので出掛けても問題無いと思ったのだろう。
それよりも寄り添った肩にドキドキしてしまう、触れてる部分に意識がいく、前は抱きついたり手を繋いだりも平気だったのにいつからこんなに緊張するようになったんだっけ……?

「お、お蕎麦食べよう!」
「ウチこい、一人ぐらい増えたって変わんねェから」
「そのつもりだった!お蕎麦はけんちんかな、天ぷらかなー!」

相変わらず触れた肩が気になるけど一向に離れる様子は無い。実弥はこちらを見つめてくるのでなんだか恥ずかしくて変に元気なふりをしてしまった。

見つめ合っていると実弥の手が私の顎に伸びてきた。
ーーーえ、何が起きるの?急にどうしたんだろう…
急な展開について行けなくて全く動けないでいる、これはもしかして…驚くほど短い時間なのに凄くスローに感じたまま目を閉じた。
息がかかるほど顔が近付いてくる


プルルルーーーープルルルーーーー

その時携帯が鳴った、実弥は我に帰ったように顔を離す。それがとても寂しい、今のは何だったんだろう…キス、するのかと思った。

「わ、悪ィ。電話出て来る」

そのままドアの外側で実弥は電話をしている
電話が終わったらさっきの続きあるのかな?なんて先程の甘い雰囲気に期待が高鳴ったまま電話してる実弥の声に耳を傾けた。



『胡蝶が?……あー年越し蕎麦食った後なら。わかりました、じゃあまた』



さっきの高鳴りが急激に萎えんで行く。
また胡蝶先生、今日会うんだ。みんなで蕎麦食べた後に。悔しい悔しいよ…どうしてこんなに実弥のことが大好きなのにうまく行かないんだろう。
電話から帰ってきた実弥はどこか面倒くさそうにしながら戻ってきた。

「教師らで忘年会してるらしくてよォ、潰れた奴送ってけって」
「……胡蝶先生でしょ」
「……まァ、そうだ」
「実弥は忘年会行かなかったの?」
「あいつらとはしょっちゅう呑んでるんだよ、わざわざ大晦日まで行かなくてもいいだろォ」
「でも送り迎えには行くんだね」

大人にと思っているのに口から出たのは子供じみた嫌味な言葉で、何故実弥が胡蝶先生の送り迎えをしなきゃいけないのかもわからないし先生達の内情は私にとっては別世界で蚊帳の外にされているみたいに感じとても腹が立ってしまった。

「蕎麦食うだろォ?その後行くから大丈夫だ」
「いいよ、私家で食べるから」

大晦日にこんな思いしたくなかった、涙が出そうになるのをぐっと抑える。ねぇ実弥…胡蝶先生が特別なの?聞きたい言葉は口から出てこなかった。

少し前の私だったら一緒に行くと言っていただろうが、今はきっと二人が一緒にいる所を見ることも出来ないな…心配そうにこちらを見る実弥から目を逸らす。

「名前が嫌なら行かねェよ」
「……行っていいよ、平気だよ」
「んな顔されたら行けねぇって」

優しいく微笑まれて頭を撫でられる。
どうして、どうしてそんなに甘やかすの。

服の裾を掴むとその手を優しく握ってくれた。

「行かないで」
「あァ、わかった」
「……ごめんね、実弥」
「蕎麦でも食うかァ」


久しぶりに繋がれる手は幼馴染みだからとか兄妹のような関係とは違って少しだけ甘く感じる。
不死川家に着いたら握った手はすぐに離されてしまって残念だったけどけど皆で楽しく年越し蕎麦を食べて過ごした。

それでも気になって仕方がないのは胡蝶先生は潰れたと聞いたけど大丈夫なのか、ということ。
嫌だけど、なんで実弥が行かなきゃいけないのって思うけど…胡蝶先生はどうやって帰るんだろう

「実弥、やっぱ胡蝶先生迎えに行った方がいいよ。心配だし」
「……すぐ戻っから心配すんなァ」
「我が儘言ってごめんね、いってらっしゃい」
「あァ、行ってくる」



「実弥!来年も宜しくね!」
「ククッ、よろしくしてやらァ!」

車に乗る実弥に大きく手を振る。
まだ少しモヤモヤはするけど実弥が私の気持ちを尊重してくれたのが嬉しくて今はそれで充分だと思い家に戻った。