ねぇ、振り向いて。 13












「不死川、こちらだ」
「悲鳴嶼さん、いい加減にして下さいよ」
「すまない、他に適任者が居なくてな」


すぐ帰るつもりだった。
名前の寂しそうな顔が目に浮かんで、最近アイツはああやって以前とは違う顔を見せるようになり心が揺さぶれる時が増えた。

それに明日は弟と妹…特に妹達が、名前の受験祈願でもあるんだから二人で初詣に行くべきだと言って聞かなくて翌朝に名前を迎えに行ってやる手筈だったのに。


「不死川!良かったのか、苗字少女の受験が控えている故にしばらく呑み会には来ないと言っていたじゃないか!」
「煉獄……悲鳴嶼さんに頼まれたからなァ」
「うむ、上司の言付けを守るのは良い心がけだ!」

大晦日なのにガヤガヤと賑わっている店内にはキメツ町に住んでいる教師達が揃っていた。
その中で宇髄に絡まれている胡蝶を見つける、毎度思うがそう潰れているようには見えない。


「胡蝶、大丈夫かァ」
「あ、不死川君。来てくれたのね…ありがとう」
「潰れてはねェように見えるが…」
「よぅ、不死川!いいのかぁ、女の子守するから暫く呑み会顔出さないって言ってただろ」

宇髄は酔ったら絡み酒になる、面倒だから無視しようと思ったが煉獄も含めて名前の事情を知っていることに大きな疑問が生まれる。
伊黒にしか話てなかったのに、アイツ…言ったな

「小さい時から面倒みてる餓鬼だ、受験に落ちたら両親に申し訳が立たねェ」
「本当にそれだけかぁ?若い女に絆されて鼻の下伸ばしてるように見えるがな!」
「…うるせェ、違ぇよ」

ムカつくが、間違ってもいない事実に余計イライラする。確かに俺を好きだと素直に告げてくる名前は可愛い。鈍感で素直だからこそ周りを惹きつけるその姿に変に独占欲を抱いているというのも事実だ。


「まぁまぁそのぐらいで、呑みましょうよ」
「俺ァ胡蝶を送ってけって言われただけだが?」
「そうなの?私は頼んでないけど…」
「ッチ…悲鳴嶼さんか」

なんとなく、なんとなくだが胡蝶からの好意や周りが推してくるのはわかっていた。杞憂かと思っていたがどうやらそうでは無いというわけか。

クリスマスイブの日もそれ以外も女の胡蝶を世話させられるのは俺の役目だった。
言いようの無い不安が過ぎる、それを知っていたなら名前を傷つけたかもしれねぇな…

「そういや、伊黒はどこ行ったァ?」
「伊黒君は彼女のところらしいわ、だから今日は来れないって」
「女を優先するとはやるなぁ!」
「宇髄君は彼女を優先しないの?」
「俺は一人に縛られねぇよ」

伊黒には確かに彼女が居る、他の女に見向きもしねぇぐらいその女に夢中なのは有名な話だ。その伊黒に好感を抱きながらも己とは違うその姿勢を羨ましくも思った。
ーーー俺だって名前が同世代なら…
ん、俺は今なんて思ったァ?なんでここで名前が出てくる。あいつは可愛い妹だ。

「それはそうと、苗字は三年に入ってから派手に不死川にアタックしてんのな。有名だぞ」
「別に今に始まった事じゃねェよ、アイツは昔からああだ」
「へぇ、それでも突き放さないとは不死川も悪い男だな」
「名前には恋愛感情を抱くつもりはねェ。本人にもそう言ってる」

ニヤニヤとしている宇髄へのムカつきは増していくが俺は淡々と事実を述べているつもりだった。

「それなら尚更、突き放さないのは優しさじゃねぇだろ」
「・・・!」
「確かに…それは残酷よね」
「胡蝶まで、」


確かに本来の俺だったら、大切に思うが故に名前を突き放す事だって出来たはずだ。何でそれが出来ねェ…俺が、したくねぇのか…。

「まぁー、あの子素直で可愛いだろ?他に男なんてすぐ出来そうだな!」
「そうね、それに…教師と生徒は御法度でしょう?」

他の男、その言葉に矢琶羽の顔が浮かんだ。
名前は確かにモテなかったわけでは無い、と思う。あの玄弥だって昔は名前と結婚したいと言っていたぐらいだ、誰にでも素直に甘えられるアイツは人を惹きつける力がある。

「ああ…そうだなァ」

この台詞を絞り出すのにだいぶ力がいった。
ーーー名前が他の男と…
急いで携帯を取り出し連絡を取ろうとしたが見つからない。忘れてきたようだ。
ッチ、こんな時に限って…すぐ戻ると言ってしまったのにここに着いて大分時間が経っているし雰囲気的に帰れそうにはない。

話は別の方向に行き、ついには何人か潰れる人が出てきて舌打ちをしながら介抱をする。
帰ったら、帰ったら名前にすぐ連絡入れなきゃなァ…







そんな事ばかり考えていたのに、全員送り届けやっと家に着くと忘れた携帯の充電は既に切れていて充電器に刺す。
携帯がつくまでの間「(もう二度と呑み会には顔出さねェ…)」と思いながら目を瞑っているといつの間にかウトウトとしてしまっていた。

「はぁ、兄ちゃん…何やってんだよ…」

玄弥の声が聞こえた気がするが俺はもう既に眠りについていた。