ねぇ、振り向いて。 14












新年の清々しい空気の下、こんなにやるせ無い思いをしているだろうと思える程に私の心は曇っていた。

「矢琶羽君、急にごめんね」
「よい、儂も役得というやつじゃ」

実弥と行けなくなったから、私は矢琶羽君と共に初詣に行くことにした。神社の近くで待ち合わせて軽く挨拶をして歩き出す。

「矢琶羽君の言葉はいつも優しいね…」
「それは名前が優しいからじゃ」
「…どういうこと?」
「お主が優しいから優しくなれるということよ」

実弥との関係はまるで劇薬のようで、感情の上がり下がりが激しい。それぐらいに好きだということで自業自得だけど、矢琶羽君といるときは何故か落ち着いていられる。一喜一憂が無くて友人として大切にされているのをひしひしと感じる事が出来るのがとても心地よかった。

「私、我が儘だし甘ったれだし優しくなんてないよ」
「…儂からしたらもう少し感情を爆発させてもいいと思うくらいじゃ」
「ははっ、その言葉そのままそっくり返すよ」

矢琶羽君は常に落ち着いている、彼と一緒にいると自分まで落ち着いた“大人”になれたような感覚になれた。





暫く歩くと神社に着く、朝一のピーク時間を過ぎたからか人も疎らだ。
見渡すが不死川兄弟達の面々は居なかったのでそれぞれお参りを終わらせてもう帰ったのだろうか。

「お賽銭あげようか…あ、5円玉無いや」
「5円玉が無い時は20円21円50円が縁起が良いと言われているらしいぞ」
「そうなの?初めて知った…」
「名前の場合は21円が良かろうな、二重の円に1を足すことで割り切れなくなるんじゃ。恋人や友人、夫婦の関係に縁起が良い」

私は何も知らずにお賽銭をあげていたから矢琶羽君の知識にびっくりしていると少しだけ笑われた。その顔が凄く綺麗で見惚れていると手をスッと差し出された。
手でも繋ぐのかな?とか場違いな事を考えていたがその手のひらの上には21円が乗っている。

「えっ、21円ぐらい…無かった」
「用意しといたんじゃ、名前のように優しき女子には幸せになってもらいたいからの」
「…ありがとう、これで矢琶羽くんとの縁も切れないね」

そう言いながら有り難く受け取ると彼は珍しく驚いているようだった、そして照れているようにも見えて…約束が反故になりショックを受けていた心が優しさにに包まれていくのを感じる。

「てっきり不死川先生との縁を、と思うたから驚いた」
「矢琶羽君から貰った21円なんだもん、矢琶羽君との関係を願うよ!」
「お主のそういう所が…」
「ん、何か言った?」

なんでもない、とだけ言われて手水をし拝礼に向かう。
手を合わせながら“矢琶羽君と友人にさせてくれて有難う御座います。大学に合格して彼とずっと仲良く出来ますように”と願う。
ーーー初詣で実弥との関係をお願いしないのは初めてだった…












受験前におみくじってなんか怖いって話したらじゃあ絵馬を書こうということになり二人で一枚の絵馬に大学合格を祈願した。

「これから勉強かの」
「そのつもり、矢琶羽君も?」
「そうじゃ受験まで日が無いからな」
「じゃあ一緒に勉強しようよ」
「有難い提案じゃ…だが今日は何処も長居はさせてくれないだろうな」
「うちで一緒に勉強すればいいじゃん」

うちは本当に放任主義なので元旦に友人が来たからといってとやかく言うような親じゃない。それに元々が娘を放ったらかしなのだ、文句を言えるような立場でもないのだろう。
矢琶羽君は少し考えるような素振りをし首を振った。

「友人とて男女、二人きりは問題だろう」
「そんな事気にしないで大丈夫だよ」
「駄目じゃ、けじめはつけんといかん」

矢琶羽君なら良いのに…と思ったけど今日は元旦だし彼にも色々と用事があるのだろう、と無理強いはしなかった。

「うぬ…インターネットカフェーはどうじゃ」
「…!」

てっきり用事があって断られるのかと思ったけど思わぬ提案に顔を上げた。確かにインターネットカフェなら24時間365日営業しているしオープンスペースもある。

「矢琶羽が良いなら行こう!勉強道具取りに行かなきゃね」
「じゃあ名前の家にまず取りに行こうぞ」


一人で勉強するよりも寂しく無いし何より余計な事を考えなくていい。嬉しい提案に勉強へのヤル気が満ち満ちていく、矢琶羽君と出会ったこの一週間で大学への思いは大きく膨れ上がっている。
彼には感謝しなきゃいけないなぁ、と思いながら帰りの道を歩いていった。
















勉強範囲の話しをしながら家に着くと玄関の前に
ーーーー実弥が居た。
今更何故家の前になんか…とは思ったが、謝罪しに来たのだろう。実弥は筋を通したい人だし電話やメッセージでは無くて直接、というのは容易に想像出来た。

「名前!!」

私を見つけると小走りで近付いてくる。
私の隣に矢琶羽君が居ることに気がつくとその顔はみるみる硬っていった。

「なんでまた、矢琶羽といんだ」
「…初詣行ってたの」
「俺と行きたいっつただろうがァ!」

謝罪、と思っていた自分が馬鹿だったようだ。
連絡も無く責められるこの状況を好ましく思うはずが無く、お参りに行く前に矢琶羽君に言われた“もう少し感情を爆発させてもいい”という言葉が頭を過ぎる。
大好きでも、許せないことはある…!


「家の前で待ってまで言いたい事ってそれだけなの?」


私の瞳には怒りという感情が込もっていた。