ねぇ、振り向いて。 15









「家の前待ってまで言いたい事ってそれだけなの?」
「…ア?」
「責められる筋合いなんてない!友人関係にも口出さないで!」

実弥にこんな風に怒りの感情を剥き出しにしたのはいつ以来だろうか、もしかしたら無かったかもしれない。少し前から小さな不満が有った、異性とは学校以外で仲良くさせてもらえなかったし進路や勉強方法も盛大に口出しされたと思う。
勿論この世で一番大好きで両親よりも信用している実弥が言ったことだし、当たり前にその教えを守ろうとしてた。

大好きな気持ちは絶対変わらない
でも、それでも…理不尽に耐える必要なんてないはず!

ーーーお互いに無言で睨み合い、先に口を開いたのは実弥の方だった

「…約束破って、悪かったなァ」
「っ…」
「口出しはもうしねェ、勉強…頑張れェ」

その言葉を少し苦しそうな顔で言った実弥はくるっと後ろを向き、家に戻るのに歩き始めた。


「実弥!」


実弥が私の声に振り向かない。
いつだって私の心や声になんだかんだで応えてくれていたのに、実弥はもう私の方を向く気が無いんだ。
ばくばく…と心臓が痛いぐらい音を鳴らしている、慣れないことをしたせいか立っていられなくてその場に蹲った。


「…名前、大丈夫かの」
「……大丈夫じゃ、ない」

正直今は矢琶羽君の事を考えられるような精神状態ではなくて思わず冷たい言葉が出てしまった、あれだけ実弥に大口叩いて続けようとした友人関係なのにこんな風に冷たくあたってしまう自分に酷く悲しくなってしまう。
どうして私は実弥のことも矢琶羽君のことも上手く立ち回れないんだろう…

自分の不甲斐無さに涙をこぼしていると優しい手が頭に乗せられた。
気付けば、矢琶羽君もしゃがんでこちらを見ている。

「あまり自分を責めるな、誰しもが感情を爆発させる時があるんじゃ」
「……」
「あの不死川先生だって何度も感情を爆発させとったじゃろう?名前ばかりが悪い話ではない」
「矢琶羽君…」

矢琶羽君はやっぱり大人だ
本当に同い歳なんだろうか、その顔を見ていると幾分落ち着きを取り戻せた。

「悩み事は時が解決してくれる、落ち着いたらまた話し合えばいい」
「…心配してくれたのにあたっちゃってごめんね」
「いい、それに感情を露にするのは別に悪いことじゃなかろう」

本当にそうなのだろうか、大人に大人にと思っていたが今自分がしていることは感情的になった子供のように思えてしまう。
…それでも本当に子供だったら喧嘩して次の日には仲直りが出来ただろう、でも私は実弥とこんな喧嘩をしたことが無いので仲直りの方法がまるでわからないしそもそも今は実弥に対して良い感情ばかりでないのも確かだ。

「っふ、儂には不死川先生の気持ちも少しわかるような気がする」
「どういうこと?」
「お主は無垢すぎる、簡単に男に騙されそうじゃ」
「私は矢琶羽君が思ってるような女じゃないよ…」










たった数言ではあるけど、私の言葉で実弥を傷つけたであろう事実がじわじわと滲み出てきた。
実弥も私と一緒で感情を爆発させてたんだとしたらその原因まで聞けば良かったのかもしれない、でも時が解決する。そう矢琶羽君も言っていたし今は実弥との距離を取るのがベストなのかもしれない。
お互い感情的になっているし、今話しても良い方向にばかり進まないだろうと思うのも確かだ。


その日は勉強をする気にとてもじゃないけどなれなくて、矢琶羽君には申し訳ないけどこの場で解散させてもらうことにした。

家に帰ったら親に「年始から酷い顔してるよ、なぁに…実弥君と喧嘩でもしたんでしょ?名前は昔から実弥君にべったりだったしねぇ」と言われて、大事な事に気付く。
ーーーそうだ、そうだよ…私が実弥を好きで好きで追いかけて、実弥が私に構うよう仕向けたのは自分自身。それなのに、私は…
不満があったとしてその都度言わなかったのも自分だし、実弥の都合も考えずに初詣行きたいと騒ぎ立てたのも自分。あんな風になるぐらい優しい実弥を追い詰めてたのは…自分。

実弥は約束を破るような人じゃないのに…
私は実弥がどう考えて、なんで自分をこんなに大切にしてくれるかまで考えられていなかった。爆発してからっぽになった心に色んな言葉や感情がまた埋まる。
長年一緒にいたからなんとなくわかるけど多分今は話は聞いてもらえない気がする。

「(受験が終わったらまた実弥と話そう、謝らなきゃ…)」