ねぇ、振り向いて。 16









次の日の朝、冴えた頭でよく考える。
実弥にあたってからずっとモヤモヤしていた…悪いのは実弥なのか自分なのか。好きになって追いかけて周りが見えなくなった責任は自分にある、でも連絡をせず約束を破った実弥も悪かったところがあったはず。
それに急に不機嫌になったり行動を制限されたり、聞かなきゃいけないこともある。

…はぁ、キツイな。
流石に実弥には嫌われたかもしれない、聞きたいことを重ねたって今度こそ相手にされなくなって終わりだったりして…。

「あああー、勉強しなきゃ」

受験する大学の模試判定は良い、焦って勉強しなくても十分復習でどうにかなるけど…受験まであと少しだし勉強していた方が落ち着く。
でも、頭の片隅にあの時の実弥の顔が浮かんできてしまう。

とりあえず、矢琶羽君に心配かけてしまったし連絡しなきゃ
『昨日はゴメンね、励ましてくれてありがとう』
『心身の緊張は体調を崩しやすくなる気をつけるように』
矢琶羽君の返信はいつも早くて内容も相変わらず温かい。簡潔でも長くもない文章は思いやりのある彼らしさがあった。







恋愛に悩んでいても、勉強はしなくちゃ。
テキストを開くと思いがけない人物から電話がかかってきた。
ーーーえ、丸ちゃん?
連絡先は知っているがほとんど関わりがない上に矢琶羽君と丸ちゃんは幼馴染だ、なんとなく後ろめたい気持ちになりながら電話に出る。

「もしもし…?」
『もしもーし、元気かのう!明けましておめでとうじゃな!』
「明けましておめでとう、珍しいね…どうしたの?」

我ながら、白々しい。意外にも元気の良さそうな声に安堵するが“彼女がもし矢琶羽君を好きだったら”そんな緊張感がある。

『矢琶羽から名前と最近仲良うしてると聞いての、新年の挨拶ついでに連絡してみたんじゃ』
「あのね、丸ちゃん。矢琶羽君とはね、ちゃんと友達だからね?」

本当に私は肝が小さい、丸ちゃんに言い訳まがいな事を言っている自覚はあった。好きな人から好きな人を奪いたいわけじゃない、もし丸ちゃんが矢琶羽君を好きなら彼との距離感は考えなくちゃいけない…

『おお、矢琶羽も友だと言っておった!彼奴は潔癖で友達が少ないから名前には感謝しておる』
「矢琶羽君って友達少ないの?凄く優しいし思いやりのある人だし…」
『矢琶羽が、優しい?』
「え、優しいよ」

裏表の無さそうな丸ちゃんは、私が矢琶羽君を優しいと言うととても疑問そうに返事を返してきた。

『キャハハハハっ!矢琶羽が優しい?そんなわけなかろう、彼奴は神経質で他人にとことん冷たいぞ』
「え、そうなの…?優しいと思うけど」
『…名前が特別なのじゃろう、これからも仲良うしてやってくれ』
「それは、もちろんだけど…あの…私と矢琶羽君が仲良くするの嫌だったりしない?」

駄目だっ、私の性格上確認しないなんてできない!
丸ちゃんに恐る恐る聞いてみると、彼女はもう一度大きく笑う。上手く呼吸が出来ないのかヒーヒーと言いながら続けた。

『私と奴は兄弟みたいなもんじゃ。幼馴染とて必ずしも恋仲にはならぬ!』

何処かで聞いたことのある言葉、矢琶羽君と始めて図書館で会ったあの日の事だ。矢琶羽君と丸ちゃんは話し方も考え方も似ているからか、少しだけ安心する。そしてこれからも彼と仲良くしても大丈夫そうな様子に安堵した。

「じゃあ、どうして急に電話なんか…」
『牽制のつもりで電話したわけじゃないぞ!私は機械が苦手なんじゃ、電話しかできぬ』
「そう…あの、勘違いしてごめんね。ふふっ丸ちゃんスマホ苦手なの?」

本当にただ私が矢琶羽君と仲良くしているから新年の挨拶の電話をしただけだと言う丸ちゃん。その後の会話も楽しくて気付けばその後も1時間ぐらい長電話をし、実弥とのことで憂鬱な気分だったのがみるみる元気になれた。
受験が終わったら矢琶羽君と三人で遊ぼうね、と約束をし電話を切る。

私ってやっぱり視野が狭かったみたい、不死川兄弟と父親以外の男の人なんて殆ど知らないに等しい。特に関わる予定も無かったし。
矢琶羽君って学校でそんなに他の人に神経質だったりしたかな?よく話す方だけどいつも優しかった気がする…
ーーーいつの間にか私の思考は実弥との喧嘩ではなくて、矢琶羽君や丸ちゃんのことになっていた。
実弥とのことは考えないように、辛い気持ちを奥底に無理矢理仕舞い込んだ。










・・・









三箇日が終わりまた図書館での勉強が始まる。
実弥からのアクションも特に無く、自分からも連絡することも無かった。寂しいし苦しくなって何度も連絡をしようとしたが、受験が終わるまでは距離を置くと決めた。もし仲直り出来なかったらショックで受験に影響が出てしまうだろうし、今がその時ではない気がしたから。

矢琶羽君とも冬休み中は一緒に勉強したり当日の対策など話し合ったりと有意義な時間を過ごせた。
学校が始まると学園内はピリピリとした受験モードに変わっていて、受験組は昼休みもみんなが机に向かっているような状態だった。実弥とも授業以外で顔を合わせることもなく、その授業でも一切目も合わなかった。
友人達には不振がられたけど「受験までは実弥断ちしてるんだ」となんとか誤魔化したりして過ごした。





ーーーそして、センター試験日
忘れ物が無いか何度もチェックをし、予定よりも数時間早く家を出る。何があってもいいように、と…町の神社で手を合わせてから行きたいと思っていたからだ。
本当だったら矢琶羽君と、とも思ったけど何となく一人で行きたい気分で足早に神社に向かう。階段を登り鳥居を潜ると、見慣れた髪色の男性が手を合わせているのが見えた。


「……実弥」

静かな境内で私が小さく呟くと、実弥はゆっくりとこちらを振り返った。少しだけ驚いているようにも見える。

「…名前」

実弥も私の名前を呼ぶとゆっくりとこっちに近づいてきた。久し振りに目が合い、仕舞い込んでいた気持ちが溢れ出してしまいそうになる

…どうして、ここにいるの?

神様が巡り合わせてくれたのかな、そう思えるぐらいに奇跡的な鉢合わせ。二人だけの空間に、あの時の事をやっと謝れると神様に感謝した。