ねぇ、振り向いて。 03









「苗字、隣よかろうか」
「あれ、矢琶羽君も勉強?」

熱もその日で下がり知恵熱ということもあって悪化もしなかったら、人気の無い町の図書館で勉強していると同じクラスの矢琶羽君と遭遇した、彼とは第一志望の大学が同じなのでよく話したりする仲だ

「家じゃ集中できなくてな。苗字もかの」
「まぁね。家でやるより捗るからさ」

嘘はついてはいない、勉強をしたくても今の時期は家に居ては不死川家に行きたくてしょうがなくなる為に昼間はこうやって図書館に来て勉強をすることにした。大事な受験シーズンでもあるし落ちたら実弥をガッカリさせてしまうかもしれない。
勉強を頑張ると決めた手前、手を抜くことは出来ないし教師である実弥に並ぶには大学入学は必須。これは今に決めた事ではなくて三年になるときに今のまま実弥のことだけを考えて目標も無く歳を取るのは良くないと思ったから。
でもそんな理由も結局は彼のことを考えてだから、本末転倒だけど行かないより行った方が良いと自分で決めたこと。

「学力的には余裕だろう、抜かり無い性格なのは出会った頃からじゃったな。」
「そういう矢琶羽君だって学力的には余裕でしょ、抜かり無いのはお互い様みたいだね」

彼は落ち着いた雰囲気で会話が無くても苦痛では無い存在で勉強するのに余計な気を使わなくていいからまぁいいか。隣に座った彼は同じような問題集を開いた。















辺りに夕日が差し外が黄金色に染まるときに私のお腹がぐぅと鳴ってしまった、は…恥ずかしい…!照れた顔で隣の矢琶羽君を見ると珍しく笑っているようだった。

「わ、笑わないでよ!お昼も軽食だったからお腹空いちゃって…」
「苗字さえ良ければ何か食べて帰ろうかの?」
「いいね!うち両親ほとんど家に居ないからさ夕飯どうしようかなって考えてたとこなの」
「ふっ…だからお腹を鳴らしたのか」

顔がかーっと赤くなる、わかってても言わないでよ。女心がわからない奴だなと口をとんがらせるとまた笑われた。
そんな矢琶羽君と外に出ると黄金色だった夕日が冬だからあっとゆうまに落ちて辺りは暗くなっていた。

「私、ラーメンがいいなぁ」
「そうか、この辺に新しきラーメン屋が出来ての。そこに行こう」

二つ返事で了解する、ラーメン屋に向かう途中である事に気がついた。矢琶羽君は学校ではほとんど同じクラスの朱紗丸ちゃんと一緒にいるけど勉強の時は別なのかな、矢琶羽君は同じ大学を受けるからよく話すけど彼女の事はよく知らない。


「そういえば今更だけど今日は丸ちゃんは一緒じゃないんだね?」
「彼奴は勉強は好かぬ、幼馴染みかとていつも一緒とは限らぬよ」
「……そうだね、矢琶羽君はさ丸ちゃんの事を女の子として好きだったりするの?」
「それは苗字は不死川玄弥が好きなのか?と言う質問と同じじゃ、昔馴染みからとて必ずも結ばれはしないだろう」
「……それは、うん。」

痛いとこ突くな、私は過ごした時間は無駄じゃないと思うしもし丸ちゃんが矢琶羽君を好きだったとしたらとても辛い台詞だと心が痛む。

「あぁ、苗字が好きなのは不死川先生の方じゃったか、すまんの。傷つけたかもしれぬ」

傷ついたところがじんわりと暖かくなる。
女心がわからないなんて言ってごめんと心の中で謝り、また彼とラーメン屋に向かって歩き出しだ。

「恋愛は時に駆け引きも必要じゃ、必要とあれば協力しようぞ」
「・・・?」
「わからぬなら、まぁよい。今は受験に集中しよう」



矢琶羽君に教えてもらったラーメン屋さんは小綺麗している新しめのお店でメニューも斬新で新しく、空腹のスパイスもプラスされて大満足だった。
お店を出てて別れぎわに家まで送ってくと言ってくれたけど断った、暗いし矢琶羽君の家族も心配するでしょと言うと「鬼が心を巣食うとる人間は沢山いるものじゃ、用心するに越したことは無い。送らせてくれ」と手を握られる。実弥とも最近は握って無かったのにな、なんて心配してくれている彼に対して思っていると手を引っ張られてまだ日が暮れて間も無い夜道を歩く。

潔癖性だった気がするんだけど手を握るの大丈夫なのかな…繋がれた手が気になるが彼なりの用心なんだろうと思い、しばらく何気無い会話をしながら歩く。近くに車が止まり一瞬不審者かと思いドキリとするけどその車が実弥のものだとわかると胸が高鳴っていくのがわかった。
でも、開けられた窓から覗く実弥の表情はいつもの仏頂面の奥に不機嫌を宿したもので何か嫌なことでもあったのだろうか…その怒気を含んだ表情にたじろいでしまう。

「実弥!どうしたの、今帰り?」
「・・・・あァ、奇遇だなあ。」
「不死川先生、奇遇ですな。夜道は危なかろうと思いまして送るところでのう」
「矢琶羽、こいつは俺が送ってく。」
「儂も送れる、故に不死川先生の手を煩わせはせぬ」

「え、矢琶羽君大丈夫だよ!私は、実弥と帰るね!矢琶羽君も送ってってもらう?」
「……儂の家はここから近い、お気になさんな」
「そっか、気を付けて帰ってね。」

手をパッと離し車の助手席に乗り込むと実弥は酷く呆れた顔に変わっていた。さっきの顔は実弥なりに心配してくれていたに違いない。

「……はァ、じゃあな矢琶羽テメェは男だから大丈夫だろォ」
「矢琶羽君ここまで送ってくれてありがとう、また、一緒に勉強しようね!」
「うぬ、苗字。必要あればいつでも協力しよう、連絡でもしてこい」
「?、りょうかーい!」

協力とは勉強の事だろうか、今日は確か隣にはいたけど協力し合ってたわけじゃないのになぁ、なんて思いながら私を乗せた車は走り出した。