ねぇ、振り向いて。 06








次の日、矢琶羽君と待ち合わせると彼は可愛らしい包みに入った金平糖をくれた。

「可愛い!いいの、貰っちゃって」
「其方に買ってきたのじゃ、貰われなければ捨てるまで」
「ありがとう・・・嬉しい」
「疲れた心には甘いものが必要だからのう」

矢琶羽君のその表情に実弥と胡蝶先生との関係に傷ついていた溝を優しく撫でてくれるような甘い感覚になり頬を染めた。実弥も玄弥も優しいがそういった甘い表情を向けられることが無かったので酷く戸惑う。

「まだ、深く考えなくてもよい。互いに受験の成功を祈ろうぞ」

その意味を考えたらもう矢琶羽君とは仲良く出来ないような気がして考えるのをやめた。
十代の私にはこうやって少しだけ逃げた感情が後に大きく事を揺るがすことになるなど知りもしなかった。







カリカリと勉強を進めていると実弥からメッセージが届いていて、そこには簡潔に『16時に行く』とだけ。
時刻は15時過ぎでそろそろ出ないと思い席を立つ

「この後用事あるから帰るね」
「そうか、送っていこう」
「明るいから大丈夫だよ、ありがとう」

彼はまだ勉強していくようで前回のように押されることなくその場で解散した。帰り道を歩いていると矢琶羽くんからは『明日はどうする?』と連絡がきていて実弥次第なんだよな、と少しだけ考えてから『わかったら連絡するね』とだけ返した。























「今日はちゃんと勉強したのかァ?」

仕事だと言っていた実弥はスーツで寒い季節なのにその胸元はぱっくり開けられている。いつもだったら気にしないが二人きりということで艶かしい視線を向けると「ませてんじゃねェぞ」と怒られた。いつも通りではあるけど先程の矢琶羽君の甘い表情を思い浮かべ、実弥とのこのやりとりは大好きだけど物足りないなと口を尖らせる。


「俺は名前の気持ちに応える気はねェぞ」

拗ねていると言われた言葉に固まってしまう、確かに今までだって幾度となく言われてきた言葉だったけど胡蝶先生との関係を知ってしまった今はその言葉が凄く重い。前に実弥に彼女が居た頃よりも私は女になっているし好きの度合いも変わっている、言葉の意味がどんどん自分を支配していき、あれだけ聞きたくないと思っていたのに気づいたら口から皮肉が出ていた。

「それは、実弥に今は彼女が居るから?」
「馬鹿言え、いねェよ」
「・・・胡蝶先生と噂になってるよ」
「噂だろォ、そんなん信じるんじゃねえ」

ハッキリとした否定に安堵してしまう、あれ・・・私何に怒ってたんだっけ?実弥は別に胡蝶先生と付き合ってるわけじゃなかった・・・!

「なんだぁ・・・付き合ってないのか・・・」
「テメェが大学合格するまでそんな暇ねェよ」

クリスマスイブの日からずっと辛かった心が軽くなり、前のような実弥が大好きな気持ちがぐんぐん湧いてくる。抱きついて小声で大好きと呟くも聞こえていなかったのか何も言われずに優しく頭を撫でられた。

「絶対大学合格する!」
「おォ、頑張れ」
「エヘヘ、実弥結婚しよ!!」
「ガキに興味ねェ」

気を取り直して勉強勉強!と思い勉強道具を取り出そうと鞄を開けるとさっき矢琶羽君にもらった金平糖の包みが出てきた。

「実弥、金平糖食べる?今日矢琶羽君から貰ったんだ!」
「は?」
「あれ、甘いの好きでしょ?」

金平糖の包みを出すとそれを凝視してくる。確かに甘いものは好きだったはずだ、何故そんなに見つめてくるのか全く理解出来ずに可愛らしい包みを開けるのを戸惑う。

「いらねェなあ」
「あ、うん・・・。」

居た堪れずにすぐその金平糖を鞄に戻した。

「今日何処行ってたんだァ?」
「図書館だよ、ちゃんと勉強したって!課題も進めたよ?」
「へぇ、男とか。お気楽なこった」

お気楽…?その言葉に少しカチンときたけど実弥と二人きりだし悪い雰囲気にはなりたくなくて口を閉ざした。最近時々こうやって不機嫌を丸出しにする事がある、その度に言いたい事に口を閉ざしてる気がするけど好きになったもん負けかな…。
小さな違和感が心に積もる。

とりあえずは私が大学に合格するまで彼女は作らないと言っていたし、今は勉強を頑張ろうと決意を新たに真面目に勉強に励むことにした