ねぇ、振り向いて。 08







「矢琶羽君ってなんか大人だよね」
「……話し方がそうさせてるだけじゃ」
「ううん、行動全てに余裕があって羨ましいよ」
「余裕に見せてるだけじゃ、まだまだおぼこい高校生ぞ」

そう話す彼はおぼこいなんて言葉がなにより似合わないなと思ってしまった、余裕にみせる…私にもそれは出来るのかな。

「名前はそのままが一番じゃ、変わる必要はなか」

彼の言葉や視線が何故甘く感じるかわかった気がする。私の今一番欲しい視線と言葉だからだ…。黙っていると途端に手をパッと離された、同時に遠くからライトが照らせれて迎えの車が近付いてくる。

「あ、実弥かも」
「…間の悪い男よのう」

車が私達の前に停まると実弥が出てくる、いつもは窓を開けるだけだから珍しいと思ったらその手には羽織れるブランケットを持っていて私を優しく包んでくれた。

「実弥、お迎えありがとう」
「暗くなる前に帰ってこいなァ」
「心配せずとも暗くなれば儂が送っていこう。」
「…ッチ」

私のことを心配してくれてるからと言って生徒にそんな態度とっていいの?と常々思う、実弥は冨岡先生みたいに落ち着いたタイプの人間とはとことん馬が合わない。それでも今日は幾分冷静なようにも見える。
ガシガシと頭を掻きながら実弥は矢琶羽君の方を向いた。

「矢琶羽も送ってくから乗れェ」
「余計な配慮じゃ、素直に姫さんだけ送っていけばよい」
「…クソガキ」
「はて、今しがた名前には大人だと言われたばかりだがのう」

やっぱり相性悪いな…と苦笑い。ブランケットをかけてくれたから幾分は我慢は出来るけど寒さから白い息が漏れてブルっと身体が震えた。

「名前帰るぞォ」
「うん、矢琶羽君また明日ね」
「ああ、また明日」

一瞬驚いたような表情をした実弥と目が合った。まるで私を責めているような顔にまた心に不満が溜まっていくのがわかる、矢琶羽君は優しいし信頼感だってある。心配なのはわかるけどちょっと過保護だな…その感情に恋慕が含まれていないからこそ思う、私のことを好きじゃないなら制限しないでほしい。

いつもならたくさん話しかけているだろう車の中では沈黙が続いていた。


「明日……」
「ん、なに?」
「いやなんでもねェ……」
「………」














・・・














小さい頃から名前は俺の妹のような存在で、何かと面倒を見てきた。向かいの家で産まれた名前、その小さな存在を初めて見たときに俺が兄としていつまでも守ってやりたいと思ってた。
そんな名前は大きくなるにつれて俺にべったりくっついてまわるようになり、「さねにぃのおよめさんになりたい」・・・「不死川名前になりたい!」・・・「実弥の彼女になる!」と変貌を遂げてきた。正直悪い気はしねェし俺なりに名前を大切にしてきた。
俺にはじめて彼女が出来たときもアイツは大泣きしその感情も隠しもせず俺の一番になりたいと言って涙を流し続けた。その時に生まれたなんとも言い辛い優越感、俺だけの存在のような気がして震える、初めて妹のような可愛さから違う可愛さ愛おしさに変わったことに気が付いた。
が、見て見ぬふりを続けた。名前は俺の請け負ってる学校の生徒だし可愛い妹のような存在には変わりねぇ、アイツの周りで一番近い男は俺だけだったし、歳上の男に憧れてるだけ。いつか名前に本当に好きな男でも出来れば応援してやるのが兄としての勤めだと信じて疑わなかった

それは今も変わらない、アイツには年相応の恋愛をしてほしいと思っているし受験がある大事な時期じゃなかったら応援だってしてたはずだ。
そう、受験があるのにふらふらしてる名前にイラついてるだけ。決して俺以外の男と仲良くしてるから嫉妬してるわけじゃねぇと言い聞かせた。そうなれば幾分冷静になれたしあの男にも優しくは無理だが普通に接することが出来ると思っていたのに・・・
『矢琶羽君が送ってくれるって言うから大丈夫だよ』
気付いたら電話をかけて名前を迎えに行っていた、冷静に。冷静にだ。そう思っているのに距離が近いアイツらをみて車から飛び出した。名前がいつも使っているブランケットを取って身を包みまるで俺のだと牽制し、俺の方がガキみてぇだなと思う。まるで大切にしてるものを取られた子供だ。

大人の対応をしてやろうにもアイツらが交わした明日の約束が気になって仕方がねぇ・・・。
名前も俺の不機嫌を悟ってか、アイツから口を開くことは無かった。


「・・・明日も勉強かァ?遅くなるなら迎えに行く」
「…明日は図書館お休みらしくてカフェで勉強するんだ。遅くならないで帰るよ」
「あァ、遅くなるなら連絡入れろォ」
「今日はね、勉強の途中で寝ちゃってさ。それで暗くなっちゃったんだよね」

引き攣った笑いをする名前にまた苛立ちが募った、あの男の前で堂々と寝てたってわけか。矢琶羽の野郎は確実に名前を狙ってる、そんな奴の前で寝顔を晒すなんて無防備にも程がある。
しかもいつの間にか名前でも呼ばれてやがるし

「気をつけろよォ、世の中にはどんな男がいるかわからねぇんだ」
「あはは、矢琶羽君なら大丈夫だよ。心配しすぎだって」
「っは、なんだァ?やけに信用してんな。アイツが好きなのかよ?」

「……私は!実弥が好きなんだよっ、そんなの知ってるじゃん!」

珍しく声を荒げる名前の態度とは裏腹にむくむくと満たされていくのがわかった。
どんなに矢琶羽が名前のことを想ったとしてもコイツが好きなのはどうしても俺のようだ。

「悪ィ悪ィ、そう怒んな」
「実弥の馬鹿」

頭を撫でてやるとすぐ機嫌を治して照れたような顔をする名前に対して、まだまだ子供だなと思いながらもまた優越感に満たされていた。