二日月



なんとも信じ難い話だが、鬼殺隊とは鬼の頸を斬る仕事だそうで杏寿郎さんはその中でも位が高い”甲“だと教えて頂いた。世の為人の為に夜な夜な外に出向き鬼と戦っている杏寿郎は素晴らしい人格者なのだろう、普通の人であれば自分の懐を肥やすことを一番に考えて人の為に命を投げ得るなど出来やしない・・・何故その懐を肥やしている父がそんな鬼殺隊の長である産屋敷家に出資しているのかは謎だけどきっと私には生涯知りうることの無い話。

最初の印象から考えていた生活よりもずっと質素な暮らしているこの家は随分と住みやすい、あまり贅沢する家柄でないらしく屋敷は広いし高そうな装飾品もあるけど思いの外すっきりとした屋内でもあった。
杏寿郎は家にいる時間が本当に少なく、ここに来てからひと月ほど経つがまだ数度しか顔を合わせいない。その代わり千寿郎とは炊事場に共に立ったり掃除をしたり稽古の見学をしたりととても仲良くなっていた。


「父上の食事は俺が運びます」
「でも…また今日も挨拶出来なかったからせめて食事ぐらいは、」
「姉上のことは俺から話しているので気にしないで下さい。」
「けどっ……」

普段優しいは千寿郎だけど私が父親と接触しようとするのを頑なに止めてくる。
杏寿郎からの話によると酒に溺れて少々乱暴だから名前は危ないから近づかなくていいとのことで、俺が炎柱になればまた元の父上に戻るはずと言われた。
本当にそうなのだろうか……酒に溺れた人間の更生は難しいと聞くし私は父親という生き物に大した期待もしてない。まぁ”元の父上”と言ってるから元々は尊敬出来る父親だったのかもしれないけど、その話をお互いそれ以上することは無かった。





それでも食事を持って行き帰ってくる度に悲しそうな顔をする千寿郎を見るのがとても辛い、同じく母を早くに亡くしている私には父親に相手にされない気持ちも無碍にされる気持ちも痛いぐらいわかってしまう。
所詮私など他人だし心がそう傷つくこともないし代われるのであれば代わってあげたいと思ってしまうのが義理ではあるけど姉心というものだ。

「千寿郎、落ち込まないで…辛いなら代わるし私は平気だよ」
「…違うんです姉上、自分の不甲斐なさに暗然としているだけなので」
「違わないよ、その歳でそんな苦しい思いしないでほしいの」
「兄上に比べれば全然…」
「他者の物差しで自分を測っちゃ駄目、千寿郎は千寿郎の辛さや苦しみがあるでしょう?」

大きな瞳からほろほろと涙が溢れる、母親を失っているこんな子供に愛情を注がないなんて酷い父親だ。私は杏寿郎の妻になる義姉だけど、千寿郎を自由にしてやりたいと思った。
どうすればこの柵から解き放ってあげれるだろうか、どこか過去の自分と重ねてしまい気付いたらとても強く抱き締めていた。













・・・・













久しぶりに顔を合わせた杏寿郎の隣にはとても可愛らしい桃色の髪の毛をした女の子が立っていた。

「あの、甘露寺蜜璃です・・!よろしくお願いします!」
「こちらは婚約者の名前だ」
「甘露寺様、宜しくお願い致します。」
「今は弟子だがいずれ俺が柱になれば継子にする予定だ!」

丁寧に頭を下げてくれる彼女に好感を覚える、継子とはいったい何だろう・・・とも思ったけど忙しい杏寿郎に聞くよりも千寿郎と菓子でも食べながら聞こうと気持ちはそっちに向いていた。

「甘露寺様だなんて恐れ多いです、蜜璃と呼んでください!」
「ふふっ、では私のことも名前と呼んでね蜜璃…ちゃん」
「・・・!うん、名前ちゃん!」

このやり取りはなんだか煉獄家に来た初日を思い出させるなと顔が綻ぶ
父が厳しかった為あまり友達がいなかった私には蜜璃さんは社交的でとても眩しく感じる、それでも仲良くなれたらいいなと思えるぐらいに彼女は好印象だった。
少し雑談をすると杏寿郎と蜜璃さんは稽古に向かい、私は休憩の菓子でも用意したほうがいいかなと思い足早に茶屋に行く準備をした。






-

戻る
痺莫