三日月



「姉上、お出掛けでしょうか?」
「ええ、杏寿郎と蜜璃さんに茶菓子でも用意しようと思って」
「それはいい考えですね、お供してもいいですか?」
「もちろん」

茶屋に向かおうと玄関に立つと千寿郎に声をかけられる。蜜璃さんの名前を出したときの表情を見て千寿郎も蜜璃さんが好印象なのだろう、良かったと思うのと同時にチクリと胸が痛んだ。
何故だろうか…可愛がっている弟を取られたような感覚になってしまったのかなと苦笑いする、私はこんなに器が小さい女だったか…何処か父親を彷彿とさせるその感覚は好ましいものではない。

「どうかしましたか?」
「ううん、なんでも無いの。お勧めの甘味屋さんある?」
「…それなら兄上の馴染みのお店に行きましょう!」







「千寿郎、継子って何?」
「柱が育てる才能が見込まれた隊士のことで、次期柱候補でもある凄い方達なんですよ。」
「杏寿郎も誰かの継子なの?」
「兄上は指南書だけでのし上がった凄いお方です、本来なら父上の継子になれれば良かったんですが…」
「え、待ってお義父様って柱なの?」
「まだ現役の炎柱のはずです」

驚いた…私は知らないことが多いようだ。最初こそ興味を持たなかった煉獄家だけど千寿郎のことを気にかけるうちに知りたいという気持ちも強くなった。
思ったよりもこの家庭の柵は深そうだ、でも杏寿郎と千寿郎はとても信頼し合った良い兄弟。これだけが唯一の救いでだからこそお互いに真っ直ぐ成長したんだろうと感心してしまう。

「そっか、じゃあ杏寿郎も辛いのかな」
「…兄上は悲しみや苦しみでさえも糧にする方でその心中は俺にはまだ計れません。」

この子には本当に驚かされてばかりな気がする、とても賢い。そして鋭い。
十幾つかの年齢でそこまで考えが及ぶなんて、私が千寿郎の歳の頃なんて己のことしか考えて無かったのに。どうしてここまで強く生きれるのか…

「杏寿郎も千寿郎も強いんだね」
「いえ、俺は…」
「千寿郎、優しさだって形が違うでしょう。強さや弱さの形も人それぞれ、兄の才能に嫉妬せず真っ直ぐにその御心を支えられる貴方は充分強い子だよ」
「姉上はいつも欲しい言葉を下さいます、兄上のようだ」

にっこりと笑うその顔に笑い返す、心が暖かくなり幸せを感じた。
心のままに生きてみたいと思っていた私に千寿郎という存在は私にその肝心な”心”をくれる、支えたいと思っていたのにいつのまにか支えられていたようだ。

そうこうしている内に甘味屋さんに到着した。蜜璃さんは桜餅に目が無いらしくそれを沢山包んで貰う、そんな情報までしっかり把握している千寿郎はやっぱり賢いなと尊敬せざるを得なかった。









・・・











「う〜ん!おいしいーー!」

次々と減っていく桜餅にこちらの気分まで良くなる、彼女に買ってきたものをこんなに美味しそうにしかも沢山食べてくれるなんて行った甲斐があった!
それにしても…この二人よく食べるな、適当に菓子を見繕ったとき千寿郎に「それじゃ全然足りませんよ」と言われるのも頷ける。

「名前は食べないのか?」
「今、千寿郎がお義父様に菓子を届けているので帰ってきたら一緒に食べようと思います。」
「そうか、それは良かった!千寿郎と仲良くしてくれてありがとう。」
「お礼を言われるような事ではありません、千寿郎はとても賢くて良い子ですよ」
「…それでもお礼を言わせてくれ、千寿郎には随分と寂しい思いをさせているからな」

兄弟揃ってお互いのことをよく見てる、兄は弟を弟は兄を。
結婚相手なんて決められないし誰でも良いと思っていたけど、千寿郎の兄…この弟想いの兄が婚約者で良かったと思い始めていた、いや…思おうとしていた。

「千寿郎には心のままに生きてほしいと思っている」
「・・・!!」

どうやら私とこの人の価値観は似ている、
私の場合は自分に叶わなかった夢だけど千寿郎には柵など気にせず、自身の思うままに進んでほしい。嫁に来る私が成し得れる事ではないかもしれない、それでもそう願うこの感情は母性か気質なのかまだわからないでいた。





-

戻る
痺莫