十六夜月



「父様、何用でしょうか…」
「ああ、久しいな」



私は今、生家に呼び出されて父様の書斎に居る。
何故呼び出されたのかは聞いていないが十中八九、婚姻の先延ばしについてだろう…。父から先に婚姻の手筈は相手方に任せると仰せつかっていたので何を言われようと父の言いつけは守っていると言うんだ。大丈夫、大丈夫、ここで口論になってもきっと杏寿郎は守ってくれる。
普段は父様の言うことに反論さえしない身だったから手に汗が溜まっていく、じっと見つめ合うと予想外の言葉を口にされた。

「杏寿郎くんには手を付けてもらったのか?」
「……は?」

ーーー手を付けてもらったのか?……娘への言葉としてあまりに不適切で意味を理解するのに時間がかかってしまった。
お手付けしてもらえたかどうか、つまり性行為をしたのかという意味に血の気が止まる。
なぜ父親にそんなことを訊かれなきゃいけないのか、私は引いた血が戻ることなく冷静に言葉を返していた。

「婚前にそのような行いをする御方ではありません」
「そうか、それでも必要とあれば差し出してあげなさい」
「!!!」

父様の言葉に絶句する、私はそのような存在でしか無いのか、言いたい事をぐっと堪えて沈黙を貫いた。…父様の顔はどこか寂しげに揺れているように見える。

「鬼狩りとは尊い存在だ、辛い日々の中の癒しになるよう努めなさい。」
「どうして今更……煉獄家の家業のことなんて」
「何を言おうと聞き耳を持たない姿勢だったろう。」

それはそうだけど、それでも父様の意図が見えてこない。私は操り人形なわけではないから全てを言う通りには出来ないけど、父様の言葉からは鬼殺隊に対する尊敬が感じられる…どうして?
娘に向けての言葉としては不適切だし正しい父親とは言えない。でも、寡黙だった父様にここまで言わせる何かが鬼殺隊にはあるのかもしれないと思うには充分な言葉だった。

「要件はそれだけでしょうか」
「お前は母ににて優しく強い人間だ、だからあの家に嫁がせることにした。その意味をよく考えろ。」

父様からこのような言葉をかけられた事があっただろうか…。短い会話で沢山感情を揺さぶられて混乱したまま帰路に着いた。
帰り道汽車に揺られながら考えるのは、自分の思い描く”心のままに生きる”の意味だった。









・・・








とぼとぼと煉獄家に向けて歩いていると遠くから焔色が見える、背丈からして多分千寿郎だろう。掃き掃除をしていた彼は私に気がつくと控えめで可愛らしい笑顔を向けて近づいてくる。

「姉上!おかえりなさい!ご実家はどう……大丈夫ですか?」

千寿郎の笑顔を見たら涙がぽろぽろと流れ落ちてきた、不思議と安心するその姿に縋り付くように抱き締めた。私がなんのために生きているのか、その上に何をするのが正しいのかわからなくなって自分よりもずいぶんと年下の彼に助けを求めていたのだ。

「どうしました、姉上…何かあったんですか?とにかく中に入りましょう」

引きづられるように千寿郎の自室に入る。
彼の性格が出ていてすっきりと整頓されている部屋

「うっ…うう、ごめんねっ、千寿郎…」
「大丈夫ですよ、気にしないで下さい。兄上が居ないので俺で申し訳ないのですが…」
「ううんっ、ごめんねっ、ごめん」
「もう謝らないで下さい、側に居ますよ。」

ずっと逃げてはいられないから私はこれから考えなきゃいけない
全て父のせいにして、自分の定めも全うせずにいた。この家に来たからわかる、人には人の責務があるんだ。それを全うしなきゃいけないんだと言うことを……





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痺莫