十三夜月




「千寿郎、ありがとう」
「いえ、俺に出来ることなんて少ないので…。」
「でも千寿郎が居なかったら、私…」

持ってきてくれた濡れた手拭いを瞼に押し当てる、この優しい子が居なかったら私は今頃どうしていたんだろうか。甘えさせて涙を流させてもらえなかったら考えることから逃げてより自分の殻に閉じこもっていたに違いない。

「私ね、なんでこの家に嫁ぐことになったと思う?」
「え…?あの、なんででしょう?」
「優しくて強い子だからだって、沢山酷い事も言われたと思うけどその言葉がね……嬉しかったの。父様に認められていたんだと思えて…。でも、だからこそどうすればいいかわからないよ、私は全部父様のせいにして生きてきたから」
「……姉上と兄上は似たような天命お持ちなんですね」
「・・・?」
「違うのはその天命を受け入れているか、いないか、じゃないでしょうか?」
「うけ…いれる」

私はこの子に何を求めているのか子供だなんて言ったけどとんでもない、しっかりと周りを見て見定めているその姿に唖然とする。
家の為に尽くす事をずっと嫌だと思っていたけど、それは父様への反発心でもあり実際に自分は何者になりたいんだろう…。
ーーーーどうして私がこの家に嫁がされることになったのか何をすればいいのか、私の責務とはなんなのか…まだ全部は理解していないけど、この家で出来ることをしたいと思い始めていた。杏寿郎と千寿郎の為に。

千寿郎は困ったように笑って見せてくれる、彼も彼なりに苦悩があるのだろうか。能天気に幸せだけ与えられてきた人間が思慮深くなることなど不可能に近い、それだけ苦労してきたということ。

「俺も、受け入れなきゃいけない時がくるのかもしれません…。」
「せん、じゅろう・・・。」
「姉上と兄上、二人は凄く似ています。一度兄上に相談してみるといいかもしれません」
「ううん、大丈夫。千寿郎のお陰でなんとなくわかった気がする。」

私が杏寿郎に頼らないとしたことがそんなに意外だったのか少し驚いた表情をした後に、年相応の笑顔をみせてくれた。









・・・







父様は私に杏寿郎の辛い日々の癒やしを与えてやりなさい、と言っていたけど…私にそれは不可能だ。経験も技術も無いし、なにしろその行為をする覚悟が無い。
多分だけど…お互いにそういったものを求めていない様に思う。夫婦、恋人、婚約者、どれもしっくりこなくてどちらかと言えば同志、という言葉が合う気がする。

甘い雰囲気にならないのは己のせいか、
私の硬い雰囲気のせいもあるだろうし杏寿郎が目標に向けて一直線で色恋や婚姻に目を向けて居ない事も理由にある気がする。
目標があるのになんで婚約者を受け入れたのかな、やっぱり世継ぎのため?それとも仕方なくとか…?
考え過ぎると良くない方向に進みがちだから少し外の空気を吸おうと自室を出る。
夜の空気は澄み切っていて気持ちが良い。


「誰だ!」
「…っ!?」

突然大声を上げられて身体が震え上がる
薄暗い暗闇の中見えてきたのは千寿郎とも杏寿郎とも違う焔色
ーーーお義父様か

「あ…ご挨拶遅れまして、杏寿郎様の婚約者として参りました苗字名前と申します。」
「……アイツの娘か、夜中に出歩くな」

アイツの娘か……?

「はい、申し訳御座いません。」

それだけ言うとお義父様は来た道を戻っていく
杏寿郎や千寿郎に聞いた印象とは違っていて、弱々窶れて…瞳の奥は何処までも寂しげだった。
ただ驚いたのも確かでまだ心臓がばくばくと音を立てている。


「姉上!!」
「千寿郎、どうしたの?」
「父上の声が聞こえて、あの…大丈夫でしたか?」
「ご挨拶しただけだよ、大丈夫。心配してくれて有難うね」
「よ、良かったです…!」

心底安心した顔をされるとよほど今日のことを心配したんだろうと申し訳無くなる、一日色々あったけれど千寿郎のお陰で優しい気持ちでいれることに感謝の気持ちでいっぱいだった。

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痺莫