「それ、だけ?」

「それだけっておみゃあ、酷いな。それ以外もあゃあ。可愛いし、優しいし、人見知りはこくみたいだが、親切だし」

 からかうように、人差し指で額を小突かれた。

 何だろう。

 ここは、どこなのかな。

 僕は、どうしてこんな風に、夢と現実を行き来している――ああ、そうだ。現実は確か、彼方と付き合っているやつだったんだっけ。そうだ……そうだった……胸が、痛い。

 泣きたくなって、でも、泣きたくなくて、滲んできた涙をまばたきで誤魔化す。

「僕もね、康太のことが好きだよ」

「そうでねぇと困るわ」

 どうしよう。あんなに嬉しかった名古屋弁が、何だか、空々しく、薄ら寒く、儚く聞こえてくる。

 嬉しかったはずなのに。僕の為に、必死になってくれている姿が見えて、胸が高鳴ったはずなのに。

 なに、これ。これは一体何なの。

 でも、いいじゃあないか。夢でも、これが僕の望んでいたことなんだ。だから、全てのものが少しくらい歪んで見えても構うことはない。

 道端で立ち止まる。康太が、訝しげに首を傾げながら、顔を覗きこんできた。

「圭?」

「キス、して」

 ねだったら、困ったような表情を浮かべられて――

「こっち、来やぁ?」

 と、腕を引っ張られ、電柱の影に引っ張り込まれた。

 抱きしめられて、すごくどきどきする。

 でも、背筋が、冷たい。

 触れ合う体温は確かに感じる。これが現実じゃあないなんて、信じられない。信じたくない。

 顔を上げると、綺麗な、康太の顔が、徐々に近づいてきた。

 唇、触れた。肉の、弾力。吐息が顔にかかった。

 ――どうして、耳鳴りが……黒板を、引っ掻くような、耳障りで、悪寒が止まないようなそれが聞こえてくるの。

「いつまでもこうしておりたいが、遅刻をこくからさ、ほら」

 差し伸べられた手を握る。

 神様。神様。こっちが本当だって、言って。ねぇ、僕のこの悲鳴を誰か。お願いだから、この、声にならない叫びを誰か――

- 30 -

*前次#


ページ:



ALICE+