じっと数馬を見つめていると、目蓋を閉じ始めた。

 眉間には、皺が寄ってゆき――

「俺も……青磁が好きだったよ……」

 暫くの沈黙の後、数馬は一言呟いた。

「……嘘は、いらない」

 優しい男だな。慰めるために偽りの言葉を唇から零しているのだろう。

 そう思うのに――この心は、数馬の告白を受けたこの胸は、熱く、高鳴ってゆく。頬が緩み、眉が下がり……溜まった涙は悲しみでなく、喜びのものへと変化をする。

 けれど、数馬。

 どうしてそんな、辛そうに唇を噛み締めているのか。

「嘘じゃない。ずっと彼女がいる立場で言うのも何だが、俺は高校の頃からお前が好きだった。気付かなかったか? 彼女、どこかお前に似ているだろう」

 ああ。神様。

 これが夢でなければいいけれど……ずっと待っていた、告白。

 身体が飛び上がってしまいそうだ。喜びに足が疼いた。

 意識が天に昇りそう。でも、数馬の表情は変わらない。

 喜びなど、一切無い。そんな顔で――

「……っあ……」

 身体が凍り付いてしまった。

 ――好き、だった。それは過去の事柄へ向ける言葉。

 甘い分だけ強い苦味が後からやってくるという事は、すでにわかっていたはずだった。宙へ舞い上がった分だけ、衝撃の強い落下が待っているのだと……

 数馬は唇をかみ締めながら拳を握り締めている。

「だが、丁度去年くらいか。このまま叶わぬ願いならば、いっそ捨ててしまおうと決心をして、彼女を見つめる事へ専念したんだ。お前への気持ちは……吹っ切ってしまった……」

 震えた彼の、声。

 この瞳から涙が零れ落ちた。とても冷えた、雫が。

 鳴らないと思っていた電話は、いつも鳴っていた。

 取り囲む草花とそして鳴り止まぬ風の音ばかりを耳にしていた俺に、鈴の鳴るようなその小さな声は聞こえていなかった、ただそれだけの事だった。

 少しでも俺が世間というものを気にせず、彼の態度だけを見つめていたならばその着信音は必ず聞こえていただろう。

 もしも同性という事、彼に彼女がいるという事全てを振り切って、その電話の傍へ行き言葉を発していたのならば……しかし臆病な俺は、それが出来なかった。その一歩を踏み出す勇気が、強すぎるプライドと弱すぎる心に邪魔をされてしまった。

 今しかない。これまで何の行動も取ってこなかったその臆病な心を放り投げ、勇気を出すのは今しか。

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