このままだと永久に、彼女という美しい草花へと黒電話が絡め取られてしまう。

 意を決して彼と向かい合い、頬に流れる涙を拭いながら口を開く。

「俺――」

 と、すがり付こうとした瞬間、手で制された。

 その俺が愛した瞳が、何も言うなと語ってくる。

「すまない」

 その小さな声が、鼓膜の中を木霊して――喉がやけに渇く。もう、視界は涙で歪んでいた。

 頭の中では何故か、煩い程に鐘が鳴っている。その音に耳を塞ぎたくなるのだが、それでも電話からの声を渇望し、必死に感覚を研ぎ澄ましてしまう。

「このまま青磁への気持ちを復活させる事は簡単かもしれない。しかし、彼女の腹には子供がいるんだ。だから急に結婚って訳さ」

 数馬の声は低く、苦痛に呻くその表情は長年一緒に居たけれど初めてみたものだった。

 ただ彼を呆然と見つめる。

「……俺の片思いだったのだと思ったままならば、このまま親友として共に過ごしていけたかもしれない。しかし、もう子供の為にも彼女の為にも、青磁とは……会えない……」

 全身の血液が、ざっと下に落ちた。

 数馬の顔色も蒼白になっている。きっと、俺も。

 目を見開きながら数馬を見つめ、震えの止まらない手をそっと伸ばす。

 ああ、手――横に、避けるなんて……

「臆病な俺たちには似合いの結果なのかもしれない。もう、二度と俺は……お前と……」

 涙声で言い、よろけながら立ち上がる数馬へ、手を差し伸べる事は出来なかった。

 そのまま立ち去る彼へ縋る事も、出来なかった。

 ただ両手で顔を覆い、喉の奥から流れ出す嗚咽と心が叫ぶ悲鳴を、どこか他人事のように感じながら泣いた。

 しかしもう、傍で慰めてくれる彼は居なくて、己の愚かさを思い知ってしまう。何故、こんな結果を招いてしまったのだと。

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