あなたのハートを捉えたい
飯束春風(いいずかはるか)は高校二年の夏休み直前を満喫していた。登校するために電車へ乗ると高い頻度で痴漢に合うのだが、その尻を触ってくる手を掴み自分の股間へと誘って、不埒な行いをしてくる人物へとしなだれかかりながら微かに甘えた声を上げることを楽しんでいたし、学校に着いて下駄箱を確認し、雪崩のように崩れ落ちてくるラブレターの送り主の性別を確認することも面白がっていた。
彼はとにかく、性別関係なしにモテる。くっきりとした二重まぶたをしており、瞳の色は常に潤んでいるのかと錯覚するほどに濃い。長い睫毛が彩るまぶたを思わせぶりに伏せるだけで、それを見た人間はつい見惚れてしまうくらいに魅力的だ。ふっくらとした唇は肉感的であり、表情豊かに動く。左斜めに分けたダークグレイのショートカットは毛が細く、しかし量があり、風に吹かれるとその指通りの良さがはっきりとわかる。
整った外見をしているので、一目惚れをされることがとにかく多い。そして告白をされたら大抵オーケーをしていたので付き合った回数も多いのだが、何せ多くの人間より告白を受けるので、その期間が被っていることは多々あった。つまりは節操が無いのだ。
そんな彼だが、それでもいいからと近寄ってくる人間が絶えないのは、外見だけでなくどこか憎めない人間性をしているからだろう。
放課後の教室で、飯束は複数の友人とババ抜きをしていた。
一人、また一人とあがる姿を見て内心焦る。
このババ抜きには罰ゲームが設けられているのだ。それは、担任教師である井上朋康(いのうえともやす)へ告白をするというものだった。
負けてたまるか。飯束はそう思った。彼は誰彼構わず付き合っているという訳ではない。一応は選んでいるのだが、担任である井上に関しては断りたい方へ分類されている。
井上はとても冴えない眼鏡をかけている。顔半分を覆い隠すような大きなフレームの眼鏡は、今時あまり見ないものだ。瓶底眼鏡とまではいかないが、それに近いものがある。地味な外見をした彼へ告白をしてしまうとオーケーされしまうに違いない。飯束はそう考えている。例え、すぐに別れることにしても、一瞬でも付き合ったという事実を作ってしまうことが嫌でたまらなかった。
考えている間にまた一人があがり、残るは飯束ともう一人のみになった。
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