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 二人で教室まで行くと、友人らはまだそこにいた。

 トランプゲームへ夢中になって、顔を上げようとしない彼らへ飯束が駆け寄る。

「おい! 付き合うことになったから!」

「おおっ。淫行教師誕生か! そりゃあ今日中に連絡網回さないとな――」

 と、そこまで言って、友人の一人は石像のように固まった。

 飯束の後ろにいた井上へ気づいたのだろう。

「お、おい。何でここに井上――先生がいるんだよ!?」

 驚く彼へ、飯束は胸を張った。

「二人で報告をしようと思ったんだ!」

「そんな阿呆なことする奴があるか!」

 円を描くようにしてあぐらをかき座っている彼らの表情は、困惑を示している。

 飯束の隣に井上が寄った。

「そういう訳だ」

 いつもより低い声を聞き、その場にいた生徒全員が肩を跳ね上げさせる。

 井上は、唇を釣り上げながら眼鏡を外した。

 隠されていた綺麗な切れ長の二重まぶたが露となる。その奥にある瞳は色が薄い。眼鏡に邪魔されていた高い鼻筋の真っ直ぐな線は、薄い唇と組み合わさりとても冷たい印象を漂わせていた。

 首をこきりとねじりながら、井上は言葉を続ける。

「てめぇら、この事を誰かに話でもしたら――わかってんだろうな?」

 普段は優しげで丁寧な言葉遣いをしている彼の、ドスの効いた声へ全員が震え上がった。

 友人らは小刻みに震える足で素早く立ち上がると、井上へ一礼した。絶対に誰にも話さないと叫ぶように言った後、カバンを引っつかんで教室を飛び出してゆく。

 その後ろ姿にも目をくれず、飯束は井上を凝視していた。

 眼鏡を手のひらの上で弄びながらくつくつと喉の奥で笑う彼へ顔を顰める。

「何でその眼鏡、してんの」

「してるんですか、だろうが。たわけか」

「どうしてその眼鏡をしているんですか」

 棒読みすると、井上から呆れたように肩をすくめられた。

「教員になりたての頃、女子生徒からしつこく言い寄られたことがあってな。そういったことがまた起こるのは面倒くさいからこの、糞似合わないダサ眼鏡をかけていたんだ」

 詐欺だ……と飯束は口の中で呟いた。

 教室には茜色の光が窓から差し込んでいる。そこから見える校庭にはもう、人がまばらにしかいない。

 井上はまた、眼鏡をかけた。

「これでもう大丈夫だろう。しかし付き合うことになったという話が嘘だとばれないよう、しばらくはその無い節操を大人しくさせておけよ」

 鼻を鳴らしながら言われ、苛立ちに飯束は顔を顰めた。

 そんな退屈な日々は真っ平御免だった。自分は常に浮き足立っていたかった。そうでなければ何かに捕まってしまいそうだった。それはよく、思春期特有の悩みだとか感情の乱れだとか言われるようなものであり、己でもそう理解してはいたものの、楽しむことでしかそういうものへ対処が出来なかった。

「バレなければいいんじゃん」

「阿呆。自分で蒔いた種だろうが。わざわざ俺が付き合ってやっているのだから、少しは責任を感じろ」

 去ってゆく井上の背中を睨みつけながら飯束は、歯を食いしばり、思った。

 ――この気に食わない男を絶対に落としてやる。

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