僕は自由になりたいんだ。何の制限も無い世界にゆきたい。規制もなく、善悪という概念もなく……こうして考えてしまう思考さえも、魂を縛られているような気がしてしまう。地面に立つ、その重力を感じることすら億劫で。視界に広がっているはずの色彩がモノクロに見えてしまう日が増えていってから、自分が今までそんな重たい荷物を背負っていたのだと気づいた。

 そんな日々が続いていたのだが、今日、ふと授業中に自分の右手をぼんやりと眺めていた時、僕の親指が喋った。じゃあ、飛ぼうか、と。

 全ての鎖が千切れる幻を、その瞬間に見たような気がした。

 飛ぼうか。空に溶け込むようにして、地面へ吸い込まれるようにして、一瞬でも無重力を感じて、と親指が言った。飛ぼうか。肌に突き刺さる空気を感じながら、身体から全てのものが剥ぎ取られ、解き放たれることを覚えながら、と。

 その誘いに頷いた僕は、はやる足を抑えながら教室でみんなが帰ってゆくのを待ったんだ。

 暑い。吹き抜けて行く熱風。汗が、額から顎へと流れ落ちてゆく。夕日に照らされた木々の葉が、少し黒く見えた。急かす足を宥めながら見る景色がぼやける。右手の親指が、僕の頬を強く押した。

 飛べ。親指が言う。

 早く、と足が怒鳴った。

 夕焼けの匂いは、眠りに落ちる前のまどろんでいる時に嗅ぐものとどこか似ている。そう思いながら、屋上を囲っているフェンスに手をかけた。

 縛られず、守るものも持たず、この胸のざわめきもどこかへ消したい。自由。考えを持たず、ただゆったりと宙に漂う。空気になって、大気に混ざり、溶けるように――……。

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