「いや、お前さ、俺も……気になってたんだよなぁ」と、照れた様子で頭をかきながら言う君の笑顔。宝物のようにそれを、胸の奥へそうっとしまった。それなのに。

 誰にも言えない関係だったね。言えるはずがなかったのもあるけれど。学校ではなよなよとした奴が、オカマ野郎! と苛めにも似た扱いを受けていたし、親は早く彼女を作ったら? とからかってきていたし。

 いっそ、冗談だということにしてみんなの前でべたべたしてしまおうかとすら思ったけれど。嘘だよ、とこの関係を偽りたくはなかったから、それは止めたんだ。想う気持ちが汚されてしまうようで、躊躇われたから。

 学校では全く喋らないようにしたね。同じクラスではなかったし元々予備校で仲良くなったのだから、それは簡単に行えたのだけれど。

 予備校からの帰り道、電車をわざと降り過ごして無人駅まで行き、ホームの静けさと共に彼の息遣いを感じながらキスをしたあの日。

 深夜にお互い家を抜け出し、自転車で遠くの公園まで走ったあの熱。それを感じていないはずはない。次はいつ二人で会うかを楽しみにしているだろう。そう思っていた僕の、愚かな日々。

 何でかな。何が切欠なのか、僕にはわからなかったよ。だんだんその笑顔が消えていって、悩むように遠くを見る事が増えていたね。僕の顔を見ているようでいて、その視線が通り抜けている感じがした。その時の空しさがわかるだろうか。

 そのうちに僕たちは、二人だけの密会をしなくなった。というよりも、僕が避けられていたのだと思う。そして噂を聞いた。君に、彼女ができたのだと。

「お前のことが気になっていたのは認めるけど、でも俺は……ゲイじゃない。たぶん、お前と恋愛ごっこをしたかっただけなんだ」と、呼び出し問い詰めた僕へそう言ったね。

 何度もキスをしといてそれは無いだろう、と僕は涙を堪えながら訴えた。しかし、その首が縦に振られることは無かったね。

「ごめん、俺……変態じゃない。俺、彼女と付き合っていけばきっと、この気持ちは無くなる。自分を正常だと思いたいんだ」吐き捨てるように出されたその言葉が僕の、見える景色をモノクロにしていったのだと思う。呆然としている僕の目の前で、彼女を呼び出し見せ付けるように寄り添って、去っていったその映像が何と色あせたものであったか。決して君にはわからないだろう。

 悲鳴は出なかったよ。喉の奥に張り付いてしまったみたいで。ただ、細く息を吐いただけだった。その時に、ふと身体に巻きついている鎖の存在を感じたんだ。

 世間の目。肉親の目。友人、自分の意識。平等の元につくられた法律ですら、ゲイの味方をしてくれない。それらに怯える君を見た瞬間に僕は、なんだか全てがわずらわしくなった。自由が欲しくなった。何者にも縛られないそれを、強く望んだ。

 だから、僕は飛びたい。

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