美しい悪魔


 自宅であるワンルームマンションに帰り着いた乃木清一郎は、玄関のドアを開いた途端、その場に唖然と立ち尽くした。

 目の前に、園田瑞樹の、全裸で正座した姿がある。彼は床へ三つ指をつき、優雅な動作で頭をさげた。緩いパーマのかかっているミディアム丈な栗色の髪が、ふわりと宙を舞う。

「お帰りなさい」

 背骨がひとつひとつ浮き出た、華奢な身体だ。染みひとつない滑らかな肌は、眩いばかりに白い。

「ど、うして? どうやって家に入ったんだ?」

 清一郎は声を絞り出した。驚くなんていうものではない。こうして瑞樹がここにいるとは全く予想していなかった。

 瑞樹が顔を上げると、涼しげな顔立ちが露わになった。赤く艶めいた唇は柔らかな笑みを浮かべている。薄いそこが、妖美に開いた。

「合い鍵。作っておいたんですよ。あなたの世話がいつでもできるように、ね」

 切れ長な二重まぶたが人好きするような弧を描く。灰色がかった瞳は楽しげに輝いていた。マッチ棒が三本は乗りそうな長いまつ毛。どんな時に見ても彼は美しいと、清一郎は思わず見惚れる。

 突っ立ったままの清一郎を見て、瑞樹は微笑し立ち上がった。その身体にはすね毛や陰毛が生えていない。それは先日、清一郎がテレビを見て、女の滑らかな足を褒めたことが原因だ。その夜、ベッドに入ってきた瑞樹の身体から、すね毛と陰毛は消えていた。

 瑞樹は、清一郎の持つ鞄を優しい手つきで奪う。

「夕食を用意しておきました。ああ、お風呂も湯を張ってありますから。どちらを先にします?」

 まるで女房気取りだ。清一郎の背筋に冷や汗が伝い落ちる。確か今朝、共に家を出た時、マンションのエントランスで彼へ、距離を置きたいと告げたはず。返事は待たずに彼をそこに置き去り出勤したが、それでも、嫌だという声は聞かなかったので、まさかこんな風に出迎えられるとは思っても見なかった。

 清一郎は強面な顔を僅かに引きつらせる。一重の三白眼が困惑を示していた。彼は、顔に似合わぬふっくらとした肉感的な唇をきゅっと噛む。ベリーショートの黒髪を掻き回したくなった。

 気に入っている茶色の革靴を脱げば、すぐに瑞樹がそれを揃えて靴箱にしまう。

「今朝、言ったよな?」

 瑞樹の艶めかしい背中に声をかける。

「何か、聞きましたっけ?」

 振り向いて微笑む彼は、壮絶な美をそこに惜しげもなく曝け出していた。

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