珠世さんの言葉に矢沙丸は激しく抗議しているのを眺めていると、フワッと独特な香りがした。この匂い、浅草で嗅いだのと同じだ。
「おい、鬼狩!この香りを吸うな!」
「あ、はい」
愈史郎さんに吸うなと言われ、布を渡された。珠世さんの血鬼術で人体には害が及ぶようだ。鼻に布を当て、再び二人に目を向けると矢沙丸は怒りながら鬼舞辻は強いと言った。
「誰よりも強い!鬼舞辻様は!」
「その名を口にしましたね。呪いが発動する…可哀想ですが、さようなら」
「ギャアアアア!お許しください!お許しください!」
矢沙丸は何かに怯えるようにその場を動き回り、何処かへ向かって " お許しください " と繰り返し叫んでいた。そして、体の至る所から現れた大きな手によって無残な姿になってしまった。
「死んでしまったんですか?」
「まもなく死にます。これが " 呪い" です」
鬼の体内に残留する鬼舞辻の細胞に肉体を破壊される。基本的には鬼同士の戦いは致命傷を与えることができないのもあり意味がない。陽光と鬼殺隊が持つ日輪刀以外は致命傷を与えられないとされているが、鬼舞辻は自分以外の鬼の細胞を破壊できるのだと珠世さんは言った。
「珠世様の術を吸い込むなよ。人体には害が出る」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「炭治郎さん、一露葉さん。この方は十ニ鬼月ではありません」
「え?!」
「十ニ鬼月は眼球に数字が刻まれています」
私達が戦った矢沙丸と矢琶羽は二人とも十ニ鬼月では無く、十ニ鬼月だと騙されていたのだ。偽りだったとしても、決して弱くなかった。珠世さんが居なければどうなっていたのか分からない。
「私は禰豆子さんを診ます。薬を使ったうえに術も吸わせてしまったので、ごめんなさいね」
「頭の悪い鬼もいたものだな」
珠世さんから離れたくないと愈史郎さんは兄を置き去りにし珠世さんの後を追いかけてしまった。残された私と兄は消えていく矢沙丸から聞こえる鞠という声に彼女の手のひらに鞠を乗せた。
「鞠だよ」
「あそ、ぼ」
「……矢沙丸は鞠で遊ぶのが好きだったのかな」
「うん」
「鬼舞辻は…本物の鬼だ」
「うん」
夜が明けて朝になり矢沙丸は塵になって消えてしまった。骨も残らない。十ニ鬼月だと煽てられ騙され、戦わされた。鬼舞辻は他の鬼達を何とも思っていないのだろう。全ては己の駒なのだ。
「行こう。禰豆子が待ってる」
ボロボロになっている屋敷の中をゆっくり進み地下へ向かうと、私達の姿を見た禰豆子が走ってきてギュッと抱きしめられる。すぐに離れたかと思うと今度は珠世さんにくっ付いていた。
「先程から禰豆子さんがこのような状態なのですが大丈夫でしょうか」
「大丈夫ですよ」
「たぶん二人のことを家族の誰かだと思っているんです」
禰豆子にかけられている暗示は、人間が家族に見えるというものだ。珠世さん達は鬼である。だけど、禰豆子は二人を人間だと判断しているのだ。
「禰豆子は人間だと判断しています。だから、守ろうとしたんです」
「俺…禰豆子に暗示がかかってるの嫌だったけど、ちゃんと本人の意思があるみたいで良かった」
私達の言葉を聞いた珠世さんは涙を流しながら禰豆子を抱きしめ、ありがとうと繰り返し言っていた。