「カナヲ、おかえり」
「…ただいま」
「怪我は?」
「……」
藤襲山で行われた最終選別から帰ってきたカナヲに怪我の有無を聞くと、無言で首を横に振る。見たところ擦り傷もないようだ。しのぶは無事に戻った姿を見て安心したようで、カナヲを咎めることはなかった。
「お風呂入っておいで。話は後で」
「…はい」
アオイに手を引かれカナヲは浴室へ向かってゆっくりと歩き出した。手に持っているのは隊服だろう。
「決めた?継子にするのか」
「……迷ってる」
「そう」
「他の継子たちは皆、殺された」
「そうね。でもね?あの子は擦り傷一つ付けずに帰ってきたのよ」
その翌日。しのぶはカナヲを継子として自分の近くに置く事を決意し、お館様に報告しにカナヲと共に本部へと向かった。二人を見送り庭に出ると暗い顔をしながらアオイが洗濯物を干していた。
「そんな所で、どうしたの?」
「カナヲは凄いなぁって。私には無理だから」
「あの子に出来ない事をアオイは出来るじゃない。人には向き不向きがある。傷付いた隊員達を看病し続けるのも、毎日沢山の量の食事を作る事も私は凄いと思う」
「一露葉さん…」
「いつもありがとう」
アオイは隊士だ。だけど、任務には出ていない。当初は不満を言う人達もいたが、師範が恐怖で真っ暗な道にいた彼女に新たな道を差し伸べた。私もしのぶも、師範に大賛成だった。
「よーし、干すぞー!」
「はい!」
初めてアオイに会った日。そして、この日の出来事を私は決して忘れることはないだろう。少しだけふざけながら干しているとパタパタと足音が聞こえてきた。隙間から覗くと、なほがいた。
「なほ?」
「あ、あの!」
「ん?」
「水柱様が…」
「いらっしゃったの?」
「一露葉さんに用があると」
「え?私に?しのぶじゃなくて?」
「しのぶ様ではないようです」
「一露葉さん、お手伝いありがとうございました」
手に持っていた洗濯物をアオイに渡し、水柱こと冨岡さんの元へ向かう。しのぶではなく私に用なんて何だろうか。なほの様子からして怪我では無いようだけど。
「遅くなりました。任務でしょうか?」
「……お前の兄宛の手紙を預かった」
「何方からの?」
「紫藤が救った者からだ」
「そうですか。ありがとうございます」
「………」
「水柱様?」
「胡蝶は留守か」
「しのぶでしたらお館様の所へ行っております。何か御用が?」
「…否、何でもない」
何でもないという顔はしていませんよ、と告げる事も出来ず蝶屋敷を出て行く水柱様を見送っていた。少し前に偶然会い共同で任務を行ったと聞いたけど、その件での話しだったのだろうか。私は何故か手紙を読む事が出来なかった。心の奥底に置いてきた感情が溢れ出すような気がしてならなかったから。