09
夏休みに入ってすぐ、クラスの友達と5日間のキャンプに行った。ただいまーと大きな声で家に帰ると、パパは予想通り私をぎゅっと抱きしめて、「おかえり。寂しかった」と言った。
ううん、予想通りなのは抱きしめておかえりを言うところまで。
寂しかったなんて、パパが言うのははじめて聞いた。
疑うわけではないけれど、本音なのかなぁ、なんてちょっと白けた気分にさせられる。
もしも本音じゃないとしたら?
それはきっと何かのカムフラージュなのかもしれない。
でも、パパにはパパの色々がある。そういうこともあると思う。
みぬきとパパは親子だから。そんなことを何でもかんでも言ったり聞いたりする必要はないと思うの。
親子ってそういうものなんでしょう?
「あーーーーッ!」
「ん?どうしたみぬき」
「パパ、これ!」
頬をふくらませて、ソファの上に落ちていたそいつをパパ――成歩堂龍一に突きつけた。
黒くて小さくて、――それ以外になんて表現したらいいのか形容詞が見つからない。つまりそれは、誰がどう見てもスイカの種としか言いようのない物だ。
果物なんて贅沢品を食べるときは必ず親子二人でというのが常だったから、これは見逃せない事態だ。
「うっ、そ、それは…!」
「おかしいですね成歩堂龍一さん。どうしてここにこんなものが」
「さぁ…わからないね。もしかして僕がみぬきに内緒でスイカを食べただなんて疑っているのかい?」
「異議あり!そうでないと言うなら、ナゼここに種が落ちているのですかッ。立証できますか!」
「異議あり!僕が食べていないという証拠は提示できない…が、同時に食べたという証拠もないはずだ」
汗を浮かべながらも不敵に笑う憎らしい元弁護士の背後にある、壁に掛かったカレンダーが必然的に目に入る。生ゴミの日は昨日。
一昨日以前に食べたとすれば、くやしいかな証拠は残らない。
「うぐぐぐ…」
「甘いなみぬき。証拠がすべてだ」
「パパのばかー!」
「あは…。ごめん、みぬきが居ないときにスイカ食べたんだ。ほんとごめん」
成歩堂親子名物の<裁判ごっこ>の果て、パパは悪びれない笑顔であっさり自白した。
軽い調子でごめんごめんと言いながらまた私をぎゅっと抱きしめる。これをされるとなんだか怒る気が失せて、ホワッとしてしまう。
私がこれに弱いことを、パパはちゃんと知っているのだ。
彼がこうして人をすっかりと丸め込む能力に長けているのか、それとも親に甘い自分に問題があるのかはわからない。
「有罪」
「みぬきが居なくて寂しかったんだもの、情状酌量の余地ありということで」
寂しい、って、また言った。
でも言葉とは裏腹に表情はやわらかく、優しく笑っている
―パパ、何かあった?心を震わせるような、何かそんな出来事が。
そう訊きたい気持ちを、無意識にぐっと飲みこんでいた。
「……じゃあ来週のひょうたん湖公園の夏祭りに連れてって」
「うん?そんなんでいいの?何でもなくたって連れてってあげるのに」
「ただしみのり先生も一緒に!」
「…な、んで」
「お祭りで女の子ふたりのボディガード兼おさいふ係の刑に処します!」
「なんですってェェェェ…」
自分は子供で良かったと思う。
パパが盛大にため息をつくのが面白くてたまらない、そんな無邪気な振る舞いで色んな想いを簡単にごまかせるから。
「ごめんね、今から出掛けるの」
「そんなぁ…みのり先生は一緒に行く相手も無く絶対ヒマしてると思ったのに」
「みぬきちゃん…冗談とわかってても結構傷つく…」
ひょうたん湖公園の夏祭り当日。せっかくみのり先生を誘いに行ったのに、あっさり断られてしまった。
ちょうど事務所の前でばったり出会った形で、先生はキャリーケースを引いてまさに出掛けんというスタイルだった。
「どこ行くの?大きな荷物だね」
とパパがさらりと問いかける。目ざといけれど、こういう問いかけがいやらしくなく自然にできるのは、弁護士時代のなごりだろうか。
「家出ですか?」
んなワケあるか!とみのり先生は律儀にツッコミをくれ―私は先生のそういうところが好き!―「ちょっと帰省してくるだけ」と言った。
「それ、明日にずらせませんか?パパがどうしてもみのり先生とお祭り行きたいって…」
「うーん、でも地元の友達とも約束が」
「じゃあ僕らもみのりちゃんの実家にお邪魔しようか、みぬき」
「さんせーい!」
「ちょ、何言い出すんですか成歩堂さんまで!」
「だって。みのりちゃんが居ない夏休みなんて寂しすぎるしね?」
きわめて冗談っぽくパパが言う。さっきの問いかけのトーンとは少し違ってなんだか芝居がかって聞こえる。
わざとらしいくらいわざとらしく聞こえたのは、私だけなのかも知れない。
まただ。
またパパが寂しいという言葉を使ったから。
「成歩堂さん超棒読みだし…勝手に恋人っぽいこと言わないでください」
「あれ?みのり先生とパパってまだ恋人同士じゃなかったんですか?」
「………っは!?」
「なぁんだー、みぬきが留守の間に真夏のらぶ☆はぷにんぐでもあったのかと思ってたのにー」
「ちょ、何を言って、るの」
少女漫画の効果音でよくある「かあぁぁ」っていう感じがぴったりなくらい、みのり先生が、急に言葉を詰まらせて赤くなる。
そんなにおもいっきりあからさまに動揺してくれて、どうするんですか先生。
大人なんだからわかるでしょう、冗談に決まってるじゃないですか。いつものナルホドー・ジョークですよ。
ねぇ、まさか、らぶ☆はぷにんぐ?
あーあ。
なんだか引いちゃいけないカードを引いちゃったみたい。
目の前の彼女の様子と、パパが何かをカムフラージュしようとしたことと、ソファに落ちてたスイカの種とが一本の線で薄っすらと繋がった気がした。
大人より物分りのいい良い子、っていうのがみぬきのセールスポイントだから、ここは気付かないフリが正解。
「みぬき、お土産はご当地タイホ君がいいです」
「じゃ僕はご当地トノサマンで」
お土産のリクエストは、帰ってきたらちゃんと顔を見せてねの合図、ですよ先生。
前 |
次
晴天の式日